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究極の願望「人生をやり直す」をテーマにした小説創作

2022年12月12日 【小説を書く】

“ループもの”の娯楽性と深遠なるテーマ

人間とは後悔する動物──といわれます。無論、猿やペンギンやクジラに「人生やり直したいか?」と尋ねても答えは得られませんから、他の動物がどう考えているかは知る由もないわけですが、人間に限っていうなら「あのときに戻って違う選択をしたい」と心底願っている人は相当数いるはずです。そこまで大袈裟でなくとも、あぁ、あのときこうしておけば──との淡い思いを抱いたことのない人はいません。

人生をやり直す──つまり時間を巻き戻す系の物語といえば、タイムトラベル、タイムループ、タイムリープといったSF作品がぱっと頭に思い浮かびます。でも、だからといってこのテーマ「人生やり直したいか?」をSFジャンルに限定して考えるべきではありません。なぜって、人が「人生やり直したい」と思うとき、それは単純に時間の不可逆性に逆らいたいというだけのことではなく、もっと哲学的な、人間や人生の本質に迫る命題を深々と孕んでいるからです。すなわちここには、作家になる、小説を書くと心に期する者が沈思すべきテーマが横たわっているということになります。

タイムループ小説のはじまりを辿ればSF界のレジェンド、H・G・ウェルズあたりに行き着き、日本では筒井康隆の『時をかける少女』(1967年)、北村薫の『ターン』(1997年)などが代表的作品として挙げられます。そのなかでも、今日の小説やアニメで多くの類型が見られ、後世の創作に多大な影響を与えたといわれる一作があります。 1988年に世界幻想文学大賞を受賞したケン・グリムウッドの『リプレイ』がそれです。優れた娯楽小説としてお墨つきとなったこの作品は、「生きる」ということの本質を考える哲学的テーマを色濃く示している点でもおおいに注目されるものがあります。

繰り返される「再生」の先に見えてくるもの

ジェフ・ウィンストンが死んだのは、妻と電話をしている時だった。
「私たちに必要なのは──」彼女はいっていた。だが、何が必要なのか、ついに聞かなかった。なぜなら、何か重い物が胸にどかんとぶつかった感じがして、息ができなくなったからである。受話器が手から落ち、机上のガラスの文鎮が割れた。

(ケン・グリムウッド著『リプレイ』新潮社/1990年)

『リプレイ』は人生を何度も生き直す男の物語。上掲の一文が幕開となり、主人公の「リプレイ」──生き直し──が繰り返されることになります。自分の意思ではなく、得体のしれない何ものかの意図、力によって「リプレイ」は何度も起きるのですが、はじめに死んだ同じ年、同じ日の同じ時刻に再び死ぬ運命だけは免れません。主人公は(オリジナルの人生において)仕事も家庭生活も順風満帆とはいえず経済的にも問題を抱えた中年男性で、最初の死から目覚めて自分が18歳に戻っていることを知った彼は、もとの人生での知識をフルに生かしてギャンブルに勝ちまくり投資を成功させて大富豪になります。私生活ではかつての妻と再びやり直す気にはなれず、金に飽かした遊蕩の末に上流の妻を得ますが、家庭生活は虚しいものでした。唯一の心の支えは一人娘で、以前の人生で子どもをもたなかった主人公は娘に惜しみない愛情を注ぎますが、やはりお決まりのようにかつて死んだ日に死を迎え、すべては無に帰し、また別の人生をはじめるのでした。

回生しながらも前世の記憶をもちつづける主人公は、以前の失敗を教訓に新たな「リプレイ」に臨みます。これこそが多くの人が「人生やり直したい」と思う際のストレートな願い。貧乏に苦しめば金持ちになり、その虚しさを知れば堅実な市民生活を送り、それでも結局は同年同日同時刻に奪われる運命に嫌気が差し──今度は人との関わりを絶って山奥に隠棲するという具合です。

この物語にはほかに重要な設定がふたつあります。ひとつは、主人公がもうひとりの「リプレイヤー」に巡り合うこと。同じ境遇の女性に唯一の理解と愛を見出した主人公は、なぜ自分たちがこのような運命に見舞われるのか、その理由を探ろうとします。もうひとつは「リプレイ」のたびに目覚める年齢が死期に近づき人生が短くなっていくことで、しかもそれは繰り返されるごとに加速度を増していきます。そして、再生と死が定められた時間の間隔はだんだんと短くなり、ついに生と死が重なる瞬間が訪れます。めくるめく怒涛のクライマックス。あらゆるものを見てあらゆる人生を経験した男ははたして何を知ったのか──。

神の残酷と恩寵。いや、それだけではない──?

一切の無常なるものは
ただ影像たるに過ぎず。
かつて及ばざりし所のもの、
こゝには既に行はれたり。
名状すべからざる所のもの、
こゝには既に遂げられたり。
永遠に女性なるもの、
我等を引きて往かしむ。

(ゲーテ著・森鷗外訳『ファウスト』/『森鷗外全集〈11〉』収録/筑摩書房/1996年)

ここで唐突に『ファウスト』の一節を引かせていただきました。悪魔メフィストフェレスの導きにより、若返り、時空を旅し、愛と苦しみに満ち権力と貧困の混沌とした世界をつぶさに見たファウストは、ついに悪魔の手を逃れて魂の救済を得ました。ひょっとすると、『リプレイ』の作者、グリムウッドの構想の根には、ゲーテの描いたこの壮大な詩劇『ファウスト』があった──かもしれないと思うのは穿ち過ぎでしょうか。人間の生にはいかなる意味があるのか、この深遠な命題の答えを得ることはもちろん果てしなく難しい、しかしだからこそ、「人生をやり直す」というテーマには、未知の無限の可能性が秘められているといえるのではないでしょうか。

時空移動の自由を手にした人間がまず思いつく行動とは、約束された将来の未公開株の買いつけや、大きな失敗を犯す前の自分への助言、墜落する飛行機に大事な人を搭乗させないように阻止する……といった具体的な何かでしょう。けれど転生が繰り返されると知ったとき、人間が思うことはそうシンプルではないはずです。たとえば、人生をある時点に戻って生き直すのではなく、自分の過去を少しずつ遡って覗いていったとしたら、人は、自らの人生を人生たらしめた根源的な「何か」を発見する、しようと足掻くものなのかもしれません。あるいはまた……とこんなふうに、新たな構想を紡いでその答えを探し出すのは、作家になりたいあなたにとって、実にやりがいのある仕事となるはずです。タイムトラベルものを自分の路線とはジャンル違いだとすぐ脇にやるのではなく、人間という生き物の本質を炙り出すひとつの装置として見直してみれば、書き手としてのあなたの前にまた新たな境地が広がるに違いありません。

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