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不朽の名作の陰に美女あり!?

2016年08月31日 【作家のお話】

“恋愛”と“名作”の相関関係とはいかに

小説を書きたいあなた、“恋愛体質”ですか? ――と、いささか突飛な質問をするのは、作家という人種は往々にして「感情量」や「熱量」が多いものだからです。奔放に恋愛を繰り返し、途方もない情熱をもって求愛し、その先にはときに別れや愁嘆場が待ち受けているわけですが、不思議なことに、恋にウツツを抜かして作品が色褪せるということはなく、むしろ膨大な感情量に見合うばかりの偉大な作品が残されることが少なくないのです。ある種の作家にとって、恋愛体質は創造の才知に欠かせない“業”と呼ぶべきものなのかもしれません。「恋」とは、人間誰もがのめり込むものですが、今回はことに、その経験を珠玉の作品として結実させた作家たちを紹介し、彼らの恋愛と作品についての相関関係を探ってみたいと思います。

ロスジェネ作家の宿命的な愛

F・スコット・フィッツジェラルドと妻ゼルダの関係は、今回のテーマにおける“象徴”ともいえます。1920年代から30年代、アメリカのロストジェネレーションの代表的作家フィッツジェラルドは、美女として名高い雲の上の存在であったゼルダ・セイヤーに恋い焦がれ、作家としての名声を得てようやく彼女を妻として迎えることができました。しかし奔放なゼルダは、フィッツジェラルドを翻弄し、流行作家の莫大な収入を使い果たした挙句、精神をも病んでしまうのでした。破産と家庭の崩壊、そしてアルコールに溺れたフィッツジェラルドは、44歳の若さで世を去ります。ひとりの人間としては破滅ともいえる末路ですが、自分たち夫婦の姿を写し取った自伝的作品『夜はやさし』はもちろん、アメリカ文学の最高峰として名高い『グレート・ギャツビー』にも作家本人と妻のイメージが投影されているというように、波瀾の生活のなかで生まれた作品たちは、彼自身とゼルダ、時代を鮮やかに浮かびあがらせ、現代においてもなお比類ない光彩を放っているのです。

“天才”と“凡妻”の不可思議な相性

20世紀を代表する作家のひとり、アイルランド出身のジェイムス・ジョイスが、のちに妻となるノラと出会ったのはダブリンでのごく若い日のことでした。一見、ありふれた青年期の恋。その後、駆け落ちしたふたりはヨーロッパ大陸を転々とし、窮乏生活を送りながらも二子をもうけます。決して教養があるとはいえないノラは、ジョイス支持者たちからは煙たがれ、お世辞にも良妻とはいい難かったのですが、ジョイスは生涯ノラから遠く離れることができず、どういうわけか進んで自らを彼女の支配下に置いたようなフシがありました。代表作『ユリシーズ』や『ダブリン市民』では、彼女との出会いの日を作中の暗示的記念日に設定してみたり、ふたりの関係を随所にちりばめてみたりと、ジョイスにとってのノラの重要性は作中にも見て取ることができます。ジョイスが死去したのは58歳、ヨーロッパにナチスドイツの支配が広がる1941年のことです。十二指腸潰瘍の術後容態が急変したジョイスは、死の間際、ノラと子どもたちの名を呼びますが、最愛の妻子は間に合わず、臨終に立ち会うことはできませんでした。

くすぶる情念の果てに生まれた名作

男女の奇妙な三角関係をつくっては壊したのは、我らが日本の文豪・谷崎潤一郎です。谷崎は29歳のとき、芸妓であった千代と結婚しましたが、そこには少々複雑な背景がありました。じつは谷崎、真に心を寄せていたのは千代の姉・初だったのですが、想いが叶わなかったためその妹であった千代を娶ったのでした。そのため結婚後も谷崎は終始千代に対し冷淡で、後輩であった詩人・作家の佐藤春夫がそんな千代に同情し、やがてそれが恋情に変わります。そんなふたりを尻目に谷崎は、千代の妹・せいを屋敷に住まわせるばかりか、むしろ奔放なせいのほうを気に入ってしまい、彼女との結婚を望むようになりました。ここで文豪はものスゴイ一計を案じます。佐藤に千代譲渡の約束を交わし、体のよい厄介払いを目論んだのでした。ところがコトはそうは都合よく運びませんでした。谷崎の求婚はあっけなくせいに断わられてしまうのです。すると、突然千代が惜しくなった谷崎は、佐藤との約束を反故にしてしまいました。この幾重にも折り重なる三角関係の修羅場のなかから生まれ出たのが、せいをモデルとした『痴人の愛』なのです。いっぽう、谷崎の身勝手に怒り心頭に発し絶交を宣言した佐藤はといえば、千代への絶唱として詠った『秋刀魚の歌』を図らずも自身の代表作とするのでした。

恋愛に、女性との関係に、強烈なエネルギーを放出する男性作家たち。彼らにしても決して、小説を書くため、ネタづくりのために恋をするわけではないのでしょう。しかし、恋に発したのと同じだけの膨大なエネルギーを、小説を書きたいという衝動に変えていき、作品へと昇華させるのが、あるいは作家という人種の“性(さが)”であり、“業”であり、“真骨頂”なのかもしれません。

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