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小説を書くことを志す方であれば、一度くらいは“小説を書く”ということはどういう所業なのだろう――と思案したことがあるのではないでしょうか。書きたい強烈な何かがあるから小説を書く。いっぽうで、有名な作家のなかにも、懸賞金が目当てとかほんの軽い気もちではじめて小説を書いてみたという人もいるのです。ただ作家たちの生涯を見てみると、古今東西で少なくとも共通していえるのは、彼らはひとりの人間として自分の人生を濃密に生きた、ということのようです。生きるために闘い、食べるために職を求め、人を愛し、別れ、そして、ひたすら書きつづけています。そんな作家たちの人生からは、いったい何が見えてくるのでしょう。そこから、どのような小説が生まれてきたのでしょうか。
『最後の一葉』など数多くの名作短編を残したO・ヘンリーは、早くに母を亡くして教師の叔母に育てられ、長じては職を転々としながら小説家を志しました。地元紙に記者としてコラムなどを書いていたころ、以前働いていた銀行の金を横領したとして起訴され、周囲は理不尽な告発と同情的であったのに、なぜか妻子も置き去りにして逃亡、結局有罪判決を受けて服役します。彼の作品のうち多くはこの服役中に書かれたといわれています。模範囚として減刑され出所すると、再び記者として働く傍ら、自分の小説も売り込み、次第に認められるようになってくるのですが、過度の飲酒が祟って47歳の若さで世を去ります。出所から9年後のことでした。O・ヘンリーは自身が貧しさと闘いながら、平穏とほど遠い人生の大部分、名もなき庶民の幸福や希望、皮肉やユーモアを効かせた短編を書きつづけたのです。
恋多き女流小説家として名を馳せ、100歳近い天寿を奔放に生き切ったのは、宇野千代。晩年、自分を評して男が大好きですぐ惚れ寝てしまうとあっけらかんと語りましたが、4度の結婚と離婚を経験しながら、このような遍歴にいささかも臆することのない彼女の感覚は、明治30年生まれの女性として稀に見るものといえるでしょう。「陰気は悪徳、陽気は美徳」という言葉を残したとおり、宇野千代はいとも陽気に人生を渡っていったように見えます。恋の相手は尾崎士郎、東郷青児、北原武夫ら錚々(そうそう)たる顔ぶれ、自由な感性は小説のみならずデザインやビジネスにも発揮され、小林秀雄、青山二郎といった通人をも惹きつけました。ビジネスは成功し大金を稼ぎましたが、莫大な負債を抱えて破産したときには、なりふりかまわず金策に走りまわり、お金が借りられるとからりと笑ったという彼女の人生は、まさに活き活きとしてハイカラな、宇野千代というアイコンそのもののようです。
2013年、松本清張賞を受賞した山口恵以子が作家デビューしたのは49歳のときでした。少女時代は漫画家を志し、出版社に持ち込みなどもしましたが、絵が下手と致命的なダメ出しをされ、それではと今度は脚本家を目指しシナリオ学校に通いはじめます。大学卒業後10年目のことです。脚本家としてポツポツと仕事が来るようになったものの、生活できるまでには到底至らず、気づくと40歳を過ぎていました。40半ばで芽の出る脚本家はいない現実を悟った彼女が、次に目指したのは年齢に関係のないと思えた小説家でした。そのころ、生活の安定のために就いた職が“社員食堂のおばちゃん”。まかないに勤しみながら小説を書きつづけ、清張賞を受賞したのは55歳。寄り道もなく道標もなくゴールも見えず、よろけながらもただただ走り……いやカメのごとく地道に歩みを進め、山口恵以子はいま、在ります。
天才にふさわしい桁違いのドラマティックな生涯を送ったのは、ロシアの文豪ドストエフスキーです。1821年モスクワに生まれ、父は慈善病院に勤務する医師で兄弟は多く生活は豊かではありませんでした。一家は郊外に土地を買いましたが、そこで父が農奴たちに殺され、この事件がドストエフスキーに消えない心の傷を負わせました。生い立ちも父の運命もあったのでしょう、文学を志した彼の望みは虐げられた貧しい人々の姿を描くことで、発表作は早くから脚光を浴びます。ところが名誉名声に関心のないドストエフスキーはある結社に入って革命を企て、謀議が発覚して銃殺刑を宣告されます。死刑は執行の直前に特赦が下り減刑されたのですが、4年間の流刑生活は想像を超える過酷なもので、その経験はドストエフスキーをして暴力的革命が真に成り立つことはないと悟らせます。ドストエフスキーの思想は人道主義へと変化を遂げました。そして、キリスト教信仰に根差す内的自己完成を主題として、『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』といった代表作が生まれたのです。
もちろん、作家たちの人生を模倣することはできませんし、真似するだけでは意味もないことです。ですが、小説を書きたいという志を熱く胸にもつあなたであれば、彼らの生き方に感じるものは、おおいにあるのではないでしょうか。あなただけの人生から生まれる小説を、ぜひ形にしてください。
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