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古くは『ナルニア国物語』、現代でも『ハリー・ポッター』など、ひとたび火が点けば異次元のセールスを叩き出し、そのうえロングセラーとなる可能性を秘めた文芸ジャンル「ファンタジー」。幼少期のない大人がただのひとりもこの世に存在しないのと同じように、ファンタジー的作品に1mmも触れたことがない人間は存在しないといっていいでしょう。ファンタジーといえば児童文学に属する1カテゴリーと見なすことができ、子ども時代に触れただけの人もいれば、長じてからもその世界にどっぷり浸かっている方も少なくありません。何なら3世代でいっしょに楽しめるというのも、このジャンルの特徴かもしれませんね。つまりそれだけ、購読者層が“厚い”ということになります。モノ書きとしてひと旗揚げようと思うなら、(当然考え方にもよりますが)難解な純文学などより夢があるといえばあるでしょう。
ということで、まずは児童文学における「ファンタジー」の定義について確認するところからはじめてみましょう。ファンタジーを辞書で引いてみますと、たいていが「幻想、空想、超自然的な事象」といった説明書きを伴っています。このような曖昧で大雑把な意味合いのまま、幻想、空想……、おお、なるほどね! と威勢よく膝を打って、これぞファンタジー、と余裕綽々で執筆に臨……めるわけがありませんよね。当ブログの別記事『童話に浮かび上がらせる「リアル」』で取り上げた『ノンちゃん雲に乗る』の作者で児童文学者の石井桃子も、共著書『子どもと文学』のなかで、ファンタジーの語源といわれる「目に見えるようにすること」を意味するギリシャ語に触れつつ、ファンタジーを幻想・空想のみと捉えるところに誤解が生まれかねない、と指摘しています。
ファンタジーが、どうしてももっていなければならないものは、その物語としての真実らしさです。この世ではおこりえないことを、じっさいにあるように描きだすためには、作者は、冒険小説や探偵小説を書くとき以上に緊密な、その物語としての論理をうちたてなければなりません。
子どもが、想像と現実の世界を日々ごく自然に行き来できるからといって、目に見えない存在をもっともらしく登場させるだけ──あからさまな〈嘘〉ではいけないのです。『子どもと文学』は、何度も復刊された古典的名著。当初書かれた1960年代に生きる子どもと、現代の子どもたちの感性が同じであるとは一概にいえませんが、2024年に増補新版が世に送り出されたことからもわかるとおり、子どもの現状に少しでも好ましくない変化が「ファンタジー界」にまで及んでいるとするならば、児童文学の原点を振り返ることはいっそう重要と思われます。
辞書の字義を超え、ファンタジーの源流を紐解いていくと、古代・中世に書かれた神話や伝説に辿り着きます。その流れに、古代ギリシャの寓話作家アイソーポス(イソップ)作とされるイソップ童話があり、ここから児童文学の系譜がつくられていくことになります。児童文学のファンタジー草創の一作とされるのがルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』(1865年)で、その後『オズの魔法使い』(1900年)、『ピーター・パンとウェンディ』(1911年)、「メアリー・ポピンズ」(1934年)といった具合につづいていきます。その時代時代で、子どもの空想世界を“目に見える形”として表わしたのが児童文学としてのファンタジーであり、そのなかに本稿のタイトルに掲げた「エブリデイ・マジック」と呼ばれる物語群があります。
トールキンの『指輪物語』(1954年〜)のような架空世界を舞台とした幻想性の高い作品「ハイ・ファンタジー」に対し、日常的・現実的な世界に“不思議”を描くのが「エブリデイ・マジック」です。このエブリデイ・マジックの、日本における嚆矢とされる一作に、佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』があります。1959年にわずか100部あまりが自費出版されてすぐ、同年のうちに講談社から再販され、現代に至るまで版を重ねつづける名作シリーズです。このタイトルに聞き覚えがないとしても、あなたが昭和生まれならば、その記憶には「コロボックル」という語が刻まれているのではないでしょうか。「コロボックル(コロポックルとも)」とはアイヌの伝説に登場する小人・妖精のこと。もとよりこうした小人伝説は世界各地に見られますが、とりわけ「コロボックル」の名は、独特の響きをもって想像力を掻き立てるものがあります。同作を10年かけて創作した佐藤さとる。その当時、昭和でいう20年代なかばから30年代にかけては、日本が戦後から高度経済成長期に突入しあちこちで開発ムード著しい時代でした。そのなか佐藤はコロボックル伝説に材を採り、当時の現実を生きる主人公の世界と重ね合わせて、『コロボックル物語』シリーズの第一作『だれも知らない小さな国』を描き上げたのです。
ふいに、そこへでたときの感じは、いまでも、わすれない。まるでほらあなの中に落ちこんだような気持ちだった。思わず空を見あげると、杉のこずえの向こうに、いせいのいい入道雲があった。
右がわが高いがけで、木がおおいかぶさっている。左はこんもりとした小山の斜面だ。ぼくのはいってきたところには、背の高い杉林がある。この三つにかこまれて、平地は三角の形をしていた。杉林の面が南がわだから、一日じゅう、ほとんど日がささないのだろう。足もとは、しだやふきやいらくさがびっしりはえていた。
主人公の「ぼく」は、小学3年生の夏休みのある日、町はずれの林の向こうに小山を見つけます。そうした“発見”は子どもにとって宝物のようなもの。小山の斜面と崖、杉林に囲まれた三角形の平地はまさに自分だけの大切な「国」。そこで遊ぶうちに「ぼく」は、小山に言い伝えられている“こぼしさま”と呼ばれる存在を、ある老婆の話のなかで知らされたりもします。そうして1年が経ち、次の夏休みになっても遊び飽きない「ぼく」でしたが、とうとう小山でとんでもないものを目撃します。ひとりの少女が小川に靴を流して困っているのを助けてやろうとしたところ……、すくい上げようとしたその靴のなかから、なんと小人たちが「ぼく」に向かって手を振っているではないですか──。このように、物語は「ぼく」の成長の過程を追うように進んでいきます。小山のある町からの転居、開戦、父の戦死、終戦。「ぼく」を取り巻く環境は激しく変化しますが、小山と小人たちのことは片ときも忘れません。やがて小山に戻る日が訪れて「ぼく」と小人たちは再会。小山を破壊する開発計画を阻止しようとともに立ち向かっていくのでした。
小人にしろ精霊にしろ、彼らは本来は人間の目に見えない世界に生き、たまにひっそり人間世界に現れて悪戯したり、不思議な現象が畏怖され伝説となって語り継がれたり……。実在することを信じようと信じまいと、一般的にはそんな存在と考えられているでしょう。つまり、人間とことさらに友好関係を結ぶわけではないのです。それがなぜ『だれも知らない小さな国』においては、子どもの「ぼく」のみならず成長した「ぼく」の前に姿を現したのか。あまつさえ、ともに手を取り合い、破壊者との戦いに臨むまでしたのはどういう理由であったのか。妖精らしい無邪気な気まぐれ? いいえ、読者がどう捉えるかは自由だとしても、作品の意図を書き手側が読者に預けるようではお話にならないのです。作者は、ふわふわ状態の意図を煮詰めて煎じ詰めて、そのエッセンスとなるものを作品に埋め込む義務があります。だからこそそれを掴もうとする読者の思索は広がりをもち、さまざまな景色を見る過程で「自分なりの解」を見つけ豊かな読書体験を得るのです。『だれも知らない小さな国』には、戦争と戦後の劇的に変動した時代背景が描かれています。そうした世にあっても、子どもが成長し大人になっても、ほっかりとした明かりのような“何か”が変わらずある──ここにこそファンタジーの真髄が見て取れます。
エブリデイ・マジックの魅力がたっぷりと詰まった『だれも知らない小さな国』。本書が執筆された時代の子どもたちと現代の子どもたちでは、時代背景は「まるで」といっていいくらい大きく異なります。しかし、いまの子どもたちのなかにも、目に見えない存在を空想する内面世界は生きています。もしあなたが児童文学を書こうと志すのだとすれば、現代の、そして未来の子どもたちにエブリデイ・マジックを届けることもまた作家としてのひとつの責務。さらにはそれをひとつの愉しみとまで感じることができれば、変わる時代を描きながらも、そのなかで“でん”と変わらず鎮座するエブリデイ・マジックの世界を構想できる日はそう遠くはないはずです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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