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子どもが大好きな“アレ”を絵本に描く際の鉄則

2024年04月15日 【絵本・童話を書く】

“アレ”は必ずしも下品とは限らない

子をもつ親なら誰でも、といいますか、まあお上品な上流階級は別かもしれませんが、子ども時代のワンパクに多少覚えのある人なら誰でも、子どもが何にも増して下ネタにいい反応を示すことをご存じでしょう。そう、オナラにウンチウンコ、チンチン、オシリ……といった“アレ”です。子どもが下ネタに大喜びしていると、たいていの大人は外面を気にして「下品なことヤメなさい」と小声でたしなめることでしょう。そんな大人の反応を子どもはまたおもしろがり、あえてまたコソコソと下ネタを発してはつつき合って笑い声をあげたりするものです。この子どもと大人の差とは何でしょう? 大人は端的にいうと、オナラやウンコなど下ネタは須らく「下品」であると決めつけているからです。そりゃまあ確かに、厳粛な結婚式の場面で新郎伯父が臆面もなく放屁を連発したとしたら、品性を欠く行為として眉を顰められて当然です。誰も笑いやしません。しかし、オナラそのものが下品であるわけではないのは当然で、あくまでマナーの問題から発した上品・下品論なのです。

では、子どもが、オナラやウンコにそこまで喜ぶのはなぜか? 個人差はあれど、子どもとは元来、怖いもの知らずで好奇心のカタマリ。ヒトに限らず犬も猫も魚でさえも、若い個体ほど私たち人が手遊びにじゃらすオモチャや疑似餌にいい反応を示すものです。そんなふうに子どもとは、自分が知る「ふつう」からかけ離れた事象に反応し、それが極端であればあるほどおかしさを感じるものなのです。妙に高らかでキテレツなさまざまな音、絵本のなかの擬音語・擬態語いろいろ。尋常ならざる異臭──無論その臭さ自体が好きなのではなく、友だち同士「くっさ!!!」と喚き合うような異常な事態こそがおもしろいのです。またニオイからの連鎖的反応として、その発生源「オシリ」という名の器官すらも、間の抜けたネーミングまで含めて笑いを誘う対象となり果てます。しかもオナラは自分の内部から発せられるわけですから、単純に「くっさー」と遠ざけたいと思うだけでなく、帰属性に起因するうっすらとした愛着だって湧いてきたりするのです。だからこそ手に握って人に嗅がせてまた笑うという、多くの方が子ども時代に身に覚えがあるだろうあのワザが世代を超えて受け継がれているのです。誰が教えたわけでもないはずなのに……。子どものこうした反応は、幼児から児童へと成長していくなかでの極めて健全な姿であり、大人の立場から必要以上に叱ったりしてはなりません。そんな場面での大人の役割とは、眉を顰めながらも半笑いでそのおかしみを共有することであり、その大らかで賢明な態度こそが、子どもをオナラやウンコから自然と卒業させる助けとなるのでしょう。

賢明な絵本作家志望者なら一度は挑戦したい“アレ”

そんなわけで、下ネタを扱う絵本は子どもの情操教育の面でも実はとても重要だったりするのです。が、そこはやはり下ネタ。「取扱注意」の赤い札がついた素材だということを忘れてはなりません。下ネタによる笑いへの洗練された感覚が必要なのですが、それは少なくとも子ども時代にしっかり「下ネタイニシエーション」を経た大人でない限りは、身についていないことがほとんどでしょう。だから多くは、相変わらずの子どもじみた下ネタ、あるいは逆に大人の勘違いから脱していない下ネタに堕してしまうのです。芸人の方々も安易に下ネタを取り入れることを禁忌するようですが、それはやはりついついオナラ・ウンコだのみになってしまうからなのでしょう。日本人にはあまり馴染みのない言葉とはいえ、一種の洗練さ──ウィットやシャレ、エスプリを伴うユーモア──をよしとするのは世界共通です。絵本・童話作家になりたいと創作に臨むならば、やはりそうした感覚を作品に吹き込みたいところです。

そこで今回は、下ネタを扱いながら、あくまで品性高く、エスプリが効き、“下”要素だのみのスパイラルに陥っていない優れてかわいらしい一冊の絵本を紹介いたしましょう。思わず手を打つようなアイデアが燦然と光り、インパクトがあるのにそのユーモアは洗練の極みという、「子どもが大好きな“アレ”」を描く心得やテクニックをいっしょに学ぼうではありませんか。オナラやウンコほど強烈ではないにせよ、それらと対になるようアイテムとして充分に子どもを喜ばせる「パンツ」ネタ。参考になること請け合いです。

「パンツ」の世界を思い描いてみよう

学校の昇降口など衆人環視の場に、突然、充分に使い込まれた風情の「パンツ」が忽然と現れたなら、このチャンスを逃さない悪童は、どこかの教室からくすねてきた教師の指し棒の先にでもちょんとぶら下げ、嗅いでもないのに「くっせー!」と鼻をつまんで廊下を走りまわることでしょう。令和の小学生には想像もつかないかもしれませんが、昭和はそんな“ガキ”がゴロゴロいる時代でしたし、実際プールの授業のあとなどは誰のかわからぬパンツが1シーズンに1回くらいは落ちていたものです。

さて、この「パンツ」、これをネタに自作の絵本をつくりたいあなたならどう料理しますか? とっかかりのお題としては最適ではないかと思われます。下ネタだけに物語化するにも容易で、想像の地平が広がって見えてくるでしょう。うーん……と、中空を見つめてちょっと思案してみてください。まず、頭に被るなど、本来の使い道からかけ離れた使用法を思いつくでしょうか。あるいは、元来愛情の対象とはなりにくいこのアイテムに、一入の愛情──フェチズム──を注ぐ物語というのも考えられそうです。また、パンツの形状に着目するのもよいかもしれません。オシリや秘部を大事に包み込むためのこのアイテム。人肌に温まったそれをそっと脱ぐと、オシリの丸みなどを残していて、いかにも愛おしさを呼び起こしそうではありませんか。こんなふうにさまざまな思索を広げてくれるパンツが、もし人の目に見えないとしたらどうでしょう?

「しろくま」✕「パンツ」の絵本マジック!

「どこにいったんだろう?」パンツをなくしてこまっているしろくまさん。そこへ、心配したねずみさんがやってきて、いっしょにパンツをさがしにいくことに。しましまのパンツ、かわいい花がらのパンツ、へんてこりんな水たまのパンツ……物語のラストには、あっとおどろく発見が!

tupera tupera『しろくまのパンツ』/紹介文より/ブロンズ新社/2012年

『しろくまのパンツ』。パンツをこれほど楽しく変幻自在に描いてみせた作品は類を見ません。パンツという児童の気を引くネタを使いながらも尾籠な話に陥ることなく、それが「帽子」であってもいいくらいに爽やかな読み味に仕立てています。ストーリーは2、3歳の幼児向けにふさわしくごくシンプル。しろくまが履いていたはずのパンツがない! ということで、友だちのねずみさんとともにパンツ探しの旅に出ます。導入部は幼児がわくわくするようミステリアスな雰囲気を漂わせ、その後道々出会う他の動物たちのパンツは、それぞれがパンツデザイン賞を奉りたいほど趣向が凝らされ多彩。実際に存在するかはわかりませんが、物販に熱心な書店なら、この絵本の隣に作中登場するパンツを置きたいと切に願うに違いありません。 そして何より、飛び出す絵本とはまた違う“しかけ”が、次から次へとページをめくる楽しさを誘います。元来、下ネタであるはずの「パンツ」が(いや元来というなら、ただの下着にほかなりませんが)、こんなにも洒落めいて、エスプリに富み、オチは大団円のハッピー感が花開くとは。これは“アレ”を描くための鉄則満載、まさしくテキストに最適な一冊と申せましょう。絵本作家になりたい方、未読であればぜひご賞味あれ。

頼れる“アレ”。劇薬としてのポテンシャルを引き出そう

社会的良識に富んだ人ほど、下ネタは品がないと敬遠しがちです。実世界では間違いなくそれが正解でしょう。しかし、その判断を創作の世界にまでもち込んでしまうのは早計であり、誤解でもあります。古くはフランソワ・ラブレー、日本ならマルキ・ド・サドを訳した澁澤龍彦。火野葦平の芥川賞受賞作はその名も『糞尿譚』です。現代に名を残す作家たちも意外なほどに下ネタに手を染めています。当然、作風や作家のキャラクターにもよりますが、名うての書き手ほど下ネタが秘める、人の心をくすぐり、人間性を露わにさせる風刺のエッセンスや、人間を探る根源的なテーマ性を熟知しており、使い方によっては作品世界を木っ端微塵にしかねないそれを劇薬として用い、自作の読み味の引き立て役となるポテンシャルを存分に引き出しているのです。そんな作品は不思議と、下ネタだ──と読者の顔を顰めさせることもなく、屈託のない心からの笑いを誘う素朴な大らかさをもっているということもまた、胸に刻んでおきたいところです。

下ネタを書いて作品が品性を欠くも欠かないも、そこは作家の腕次第なのです。不謹慎だとハナから遠ざける必要はまったくありません。絵本作家や童話作家を目指すならなおのこと。枯淡虚勢の姿勢で“アレ”について大真面目に思いを巡らせ、無垢な笑いの弾ける楽しく夢のある一作を、ぜひ描いていただきたいものです。年端もいかない純真な子どもは、あなたの描く“アレ”満載の絵本の出来不出来を鏡のように映し出す理想の読者となってくれるでしょう。“アレ”を題材とした名作群に新たな歴史の1ページを加えるレジェンド絵本は、お下劣で一見くだらないと思われるテーマであっても、その根幹に横たわる真のユーモアを引き出すべく、手垢のついていない下ネタの極地を探索することからはじまるのかもしれません。

※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。

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