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本を書きたい、小説家になりたいというあなた。あなたの作品のなかに、どんな主人公を描きたいですか? もし、あなたがエンターテインメント小説を書きたいと思っているのだとすれば、魅力的な主人公を創造する――これは最優先で取り組むべき課題となるでしょう。
たとえば、薄暗い食品加工場の片隅で、日がな一日グシッグシッと焼き鳥の肉を竹串に刺している主人公は、純文学的陰翳のなかであれば、現実社会と等しく居場所が用意されるはずですが、大衆の娯楽を狙いとするエンタメ小説のなかでは、目に留まらぬ存在と見なされてしまうかもしれません。逆に、型破りで痛快無比なキャラクター、唯一無二の能力をもった存在、人の向かないほうばかり向くアマノジャク、巨大な権力や影響力をもって人を動かすカリスマ、ピカレスクロマンの危うい悪の匂いを漂わせたアンチヒーロー……とくれば、彼らはまさにフィクション世界にうってつけ。ユニークな存在感を発揮して、読者を物語世界に惹きつける立役者として働いてくれるはずです。
つまり、エンターテインメント系の小説家になることを目標に据えたなら、ストーリー云々の前に、主人公像を創りあげるところからはじめるのも一法といえるわけです。どんなジャンルのエンタメ小説を書きたいのか。サスペンス、ファンタジー、ラブストーリー、ファミリー……、あるいは探偵もの。そんな、書きたい小説のジャンルの主人公像に想像をふくらませてみると、その人物が自発的に動き出すシーンがある程度は思い浮かぶはずです。それがふたつ三つ四つと出てきたらしめたもの。ジャンルに見合う文体を設定し、各シーンを書き起こしてみましょう。もちろん、それぞれはまだ独立したものとして扱ってかまいません。いくつものパートを書き起こしているうちに筆も走るようになり、いずれは各場面をつなぐブリッジを用意するのにも苦労することはなくなっているでしょう。
とはいえ、完全にオリジナルのキャラクターを生み出すことは難しいものです。そんなときは、既存のキャラクターや実在する人物に思いを巡らせてみましょう。もちろん彼らをそのまま使うことはできませんが、元ネタとして据えて、そこからインスパイアされたもろもろを肉づけしてオリジナルキャラクターを創るのなら、それはアリです。というより、“オリジナル”と思われるキャラクターの多くも、そうした複合的な要素を組み合わせて創り出されたものと考えていいかもしれません。たとえば、映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の主人公像は、シュテファン・ツヴァイク作品の登場人物にインスピレーションを得て創られたと言われていますし、19世紀の冒険小説の大家H・R・ハガードが生み出したヒーローは、後世のさまざまなファンタジーや冒険モノの主人公の原型になっているそうです。このように古典的なヒーローにあなたの主人公の原型を求めることも、人物造形をするうえで価値あるアプローチ方法といえるでしょう。
少し古い情報になりますが、朝日新聞が行った「心に残る名探偵」アンケートの結果はこのようになっています。
1位 コロンボ(『刑事コロンボ』アメリカTVシリーズ)
2位 シャーロック・ホームズ(『シャーロック・ホームズ・シリーズ』アーサー・コナン・ドイル
3位 金田一耕介(『金田一耕介シリーズ』横溝正史)
4位 明智小五郎(『少年探偵団シリーズ』江戸川乱歩)
5位 エルキュール・ポアロ(『ポアロ・シリーズ』アガサ・クリスティ)
6位 工藤新一(『名探偵コナン』青山剛昌)
7位 杉下右京(『相棒』TVドラマシリーズ)
8位 浅見光彦(『浅見光彦シリーズ』内田康夫)
9位 湯川学(『ガリレオシリーズ』東野圭吾)
10位 十津川省三(『十津川警部シリーズ』西村京太郎)
(朝日新聞『be』2012年4月21日版)
新旧のコナン(コナン・ドイルと名探偵コナン)をおさえて、コロンボが堂々の1位とはちょっとした驚きです。ふだんはカミさんの尻に敷かれている風采のあがらない名探偵――そんなコロンボには、意外にも普遍的なヒーロー像のヒントが隠されているのかもしれませんね。
時代の申し子たるヒーロー・ヒロイン像は、それまで類を見なかった新しい発想から生まれてくることもあれば、古典的なパターンに肉づけして創り出されることもあるでしょう。いずれにしても、魅力的な小説を書きたいならばヒーローありきで――の発想はきっと、あなたの創作を前進させてくれるに違いありません。日がな一日グシッグシッと焼き鳥の肉を竹串に刺している男も、もしかしたらそれは世を忍ぶ仮の姿なのかもしれません。ひとたびゴム引きの白エプロンを外すや、ビルとビルのあいだを跳びまわり、夜の街を守る自警組織の急先鋒へと変身を遂げたとするならば、彼はもう立派なヒーローです。そしてそこから、ストーリーが紡ぎ出されてくるのです。
こんなふうにしてあなたが創り出した主人公は、いつしか命が宿ったかのごとく自ら動き出し、ストーリーを牽引する担い手となることでしょう。そんな彼(彼女)は作中においても、また筆を進めてくれる意味合いでも、あなたにとってのヒーローです。「本を書く」「本を出版する」その愉しさは、こうしたところにもたくさん見出すことができるのです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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