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認知的不協和。この用語をご存じの方はきっと、心理学を勉強されたことがあるか、もしくはマーケティング方面のお仕事をされているか、そのどちらかなのではないでしょうか。ここでピンと来た方は鋭い。そうです、心理学とくれば、読者の心理を揺さぶることが最終目標ともいえる創作の世界でも活用できるのですね。まだ知らない方は、ここで覚えておいて損はないでしょう。
認知的不協和とは、次のような一連の心の挙動を差します。
自分の感情や認識とは相容れない事象が外部から訪れる
↓
そのままでは現在の自分のあり方に「矛盾」を感じてしまう
↓
「困惑」や「不安」といった不快な心理が発生する
↓
この状況を解消するために、都合のいい理由を探し合理的に納得しようとする
たとえば、好きな人にフラれたとき「運命の人じゃなかったんだ」と自分を慰めたりしたことありませんか? あるいは相手の欠点をあげつらってみたり。または、先週3万5千円で買ったワンピースが、今週同じ店を覗いてみたらまさかのセールで8千円! ショックをカバーすべく、「別にいいんだもん。このあいだの合コンにあのワンピース着ていけたしモテたしアタシ」と思ってみたり。このように精神面での自己防衛として機能するのが、認知的不協和といえます。
フムフム、矛盾を解消するのね。認知的不協和はわかった――と。けれども、それを小説やエッセイなど自分の創作活動に活かすといっても、まだいまいちピンと来ないのではないでしょうか。認知的不協和とは、頭のなかでの思考の変遷には違いないですが、考えて湧きあがる思考というよりむしろ、自律神経が促す心の動きのようなものです。暑ければ汗をかくのと同じように、精神の領域でも、私たち人間は自律的に不快な状況を回避しようと努めます。よって、ストレスのかかる点からは、なかなか目を背けることができなくなるのです。そうした反応を巧みに利用して関心を惹こうとするのが、創作やマーケティングのうえでの認知的不協和活用法になります。
じゃあ作中にどんなストレスを用意すれば……と難しく考えることはありません。例を挙げればあなたのまわりの日常にも見られることに気づくはずです。少し古い映画になりますが、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』というパート3まで公開された人気SFシリーズがありました。昨年2015年という年は、パート1の公開から30周年記念でもあり、またパート2のなかで主人公のマーティが未来旅行する先でもあったため、さまざまなイベントが開催され日本でも話題になりました。
ところでこの『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、考えてみれば矛盾を抱えたタイトルなのです。「Back to the Future」ですから、直訳すれば「未来に帰る」。「未来」は「行く」場所であって「帰る」場所ではないですから、そこに矛盾が存在します。そうです。たったそれだけのことですが、この矛盾に接したときに人は「はて?」と思い目を留めるのです。そしてこの先の心理的経路をオーバーに気味に書いてみると、自己の内部に巻きあがる即答し得ぬストレスに耐えかね、「どんな作品なんだろう?」と気になり、唯一手がかりとなる映画の広告や話題に目線が向き、あらすじなどを知って、さあこれで気もちは落ち着いた――というころには、「本編を観たい!」と思うだけのテイスティングをすっかり済ませてしまっているというわけです。もちろん、興行成績がよかったとかシリーズがつづいたとか、話題に火が点き本物の人気が出たのは本編の力によるものですが、最初の最初、作品が誰にとっても未知の段階では、タイトル『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、かなり効果的だったはずなのです。
いま、ネット上では星の数ほど小説作品が公開されており、無料で読めるものもたくさんあります。そのなかから、あなたの作品を読みたいと思わせるには、やはりテクニックを用いたほうが結果につながります。まずはこうしたネーミングの工夫が欠かせません。創作者として、自分の感性にこだわりをもつことは絶対に譲れないはずですし、そのスタンスは間違いなく大切です。ですが、そのうえでもうひと言つけ加えるとすれば、感性それだけに固執していては、あなたの作品が読まれる可能性は広がりません。それが厳然たる「マーケット」というものなのです。
と、口はばったいことを言ってみましたが、考えてみれば私たちの日常生活は、矛盾を抱えたものごとばかりですね。勧善懲悪の考え方ですべてが解決できるほど世界はシンプルではありません。必要悪という言葉だってありますし、悪女という存在は悪魔とはまったく違うイメージで男性諸氏には届きます。逆に、どうにもこうにもダメ男に惹かれてしまう女性もいることでしょう。こうしたすべてが、一般論とは矛盾します。それと同じように、作品のタイトルだけでなく、小説における登場人物が矛盾を抱えていても、ストーリー展開が起承転結でまとまっていなくても、それをもって「つまらぬ作品」と切り捨てられることはありません。器用にまとめるばかりでなく、不完全さを恐れずに大胆に筆を執ったときにこそ、もしかしたら読者がリアリティを感じるだけの自然な認知的不協和の種が蒔かれるものなのかもしれません。いい加減で無責任な創作スタイルを奨励しているのではありません。それとは別の次元で、「あえてパーフェクトを求めない」そんな意識をもつことも大切であるとお伝えしておきましょう。
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