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小説創作のアプローチとして、ある程度のプロットを立てたらダァーッと書きはじめる人もいれば、最後の最後までしっかりとあらすじを書き込んでから本編の筆を下ろす方もいるでしょう。そのどちらもが正解であり、結果さえよければアプローチの仕方などどうでもいいともいえます。なぜならば、当然ながら読者は作品だけを対象に小説の価値を判断するからです。作者がどのようにその物語の執筆を進めたか、などという創作秘話にまで興味がおよぶことがあるとすれば、作品自体あるいは作者自身がすでに大成功をおさめていることが前提となるでしょう。
ただ、どちらの書き方のほうが首尾よく最終ページまで筆が辿りつけるかとか、どちらのほうが飛躍したアイデアを盛り込めるかなど、アプローチ方法によって変わってくる点は当然あります。粘土細工にたとえるとわかりやすいでしょうか。動物の「ゾウ」を造るとして、ゾウの写真を目の前に貼り、あとは感性に従ってのびのびと粘土を盛ってゆけば、印象的な造形がデフォルメされた愛らしい粘土のゾウができるかもしれません。でももしかしたら、途中で「なんか違う」と嫌になって放り出してしまうかもしれません。それとは対照的に、写真のなかのゾウの各部パーツの比率を忠実に割り出し数値化して、設計図にも似た図面をもとに細工を進めていけば、写実的なゾウの粘土がきちんとできあがることでしょう。
ここで注目したいのは、引いた図面が精緻であれば精緻であるほど、つくり手の心にはそれに忠実になろうという意識が芽生えることです。極端な言い方をすれば、予定された完成形を再現することが目的化され、心理的には図面に拘束された状態になるということです。さて、このような執筆過程を経て完成を見る小説とは、いったいどのような味わいをもつことになるでしょうか。もちろんこの場合の再現に向けた努力というのは、シーンを再現する描写に力を入れるという意味ではありません。作者が執筆前段で想定した青写真に対して忠実になるということです。粘土細工の場合であれば、写実的なゾウはそれ自体で傑作と見なされることも充分にありますが、小説ではそうはいきません。「予定調和的な」と評されてしまうことでしょう。こうした、ソツなく書けていることが逆にアダとなるケースは、例を読めば誰もが「そういうことね!」とすぐに呑み込めるはずです。下の作品を読んでみてください。
シゲルこと俺とビカールとチャボとジョーの四人がバンドを組んだのは、二年も前のことだった。フィードバックノイズを随所に取り入れたポストロック志向の音楽をやろうと話がまとまって、バンド名は『ストップ・モーションズ』にした。主導権を握っていたのは俺だった。週に二度、俺らは近所のスタジオを借りて練習に励んだ。その後はメンバー全員でうらぶれた居酒屋に行くのが決まりだった。安い酒をひたすら呷って、バンドの方向性についてよく話し合った。音楽をかじったことのあるやつならば誰もがする、星の数ほどあるありきたりの話を酔いつぶれるまで延々とつづけた。
どこかの箱バンとなるべく、ライブ活動を進めようという話になった。手はじめに、オーディエンスのノリも悪くない、老舗のとあるライブハウスにデモをもって売り込みに行った。そのハコは駅からもわりと距離があって、とても小さなキャパだったが、売れっ子のバンドもたまにやってきた。こういった小ぢんまりとしたライブハウスならではの独特の雰囲気に、オーディエンスは酔いしれ、音楽に漬かって非日常の世界を存分に楽しむものなのだ。音楽を愛するオーディエンスが多くいるから名を売るには絶好のライブハウスだった。出演の条件としては、ライブハウスが行うオーディションにパスすることが必要だった。
きょうは大切なオーディションの日。ふだんであれば、こんな早い時間にライブハウスへと足を運ばないところだが、きょうばかりは違う。なにせ俺らにとって特別な日だから。駅からの道のりをのそのそと歩くだけだが、大荷物を抱えているから汗が噴出してくる。俺らがライブハウスに着くと、すでに何組かのバンドが見える。ストップ・モーションズの出番は四組目だった。時間があったから、客席側からしばらく眺めることにする。PAスタッフが急になにかにがなり立て、場の空気が悪くなる。一組目の演奏を観て、二組目がステージにあがったあたりで俺らは控え室に戻る。メンバーと軽く打ち合わせをしていると、あっという間に順番がまわってきて演奏になる。人前で披露したことがなかったからメンバーはみな緊張している。
ドラムのジョーのアタックが開始から弱い。二曲目以降、突っ込んでしまって音が走り、バンドとしての演奏は完全に崩壊する。拍車をかけるかのように、ボーカルで紅一点のチャボは始終音程をはずしてハスキーボイスを披露してオーナーをあきれさせる。俺の巧みなギターテクニックをもってしてもそれらをカバーすることはできず、バンドとしての実力が備わっていなかった俺ら四人は当然ながら落選してしまう。
「ごめん」
ジョーとチャボのふたりが力なく呟いた。
4人組のロックバンドの活動を描いた作品ですね。バンド結成からオーディションを受けるまでのいきさつ、オーディション当日の様子が描かれています。物語の語り手でもある主人公はそのリーダー格で、音へのこだわりも相当あるようです。バンドの方向性も決まって、彼らの意欲が文章そのものをドライブさせている感じもします。とはいえ、たやすくサクセスを手に入れられるようでは、ストーリーに起伏が生まれません。ということで、活動の場を広げようとライブハウスのオーディションを受けるも、ふだんどおりの演奏すらままならず……という歯がゆい1シーンでひと区切りがついています。この失敗でバンドは崩壊してしまうのか、あるいは、再挑戦に向けて練習を積んでリベンジを果たすのか、今後の彼らがどうなっていくのかが楽しみな1カットです。
ただ――、どうも話の展開にメリハリがなく平坦な印象を受けます。理由は、全体が事情や状況の説明に終始してしまっているからですね。これでは、想定したプロットを幾分ふくらませたに過ぎません。前半の事情説明はこの記述でよいとしても、後半のオーディションの場面は臨場感をもたせないことには読み応えを欠きます。メンバーの緊張感を伝えるのに、「緊張している」では読者にリアルな緊張感は届かないものです。メンバーの表情や「俺」の心理描写、その場の空気そのものを表現することで「現場」のリアリティを創り込んでいく必要があるのです。たとえば、「ベースのビカールの顔をチラリと窺うと、無心というより心ここにあらずの状態だ。不甲斐ないメンバーへの苛立ちが、俺のギターをますます孤立させていく。ギターを弾くことがこんなにも苦しく感じられたのははじめてだ」というような具合です。はじめて人前で演奏する緊張感、思いどおりにいかないことへの焦燥感、不安定になっていく精神状態を主人公の言葉で表わすことで、ようやく読者は彼らが置かれた状況をリアルに感じることができるのです。
このように、小説はストーリーの経緯をソツなく書くだけでは充分とはいえません。登場人物たちはもっともっと、作者でさえ想定していなかった言動をもって読者を驚かせなくてはなりません。そのひとつの手として、小説内を流れる「時間」を変化させてみることを、この小説の書き手にはお奨めしたいところです。
小説では、時間を前にもうしろにも自由に行き来できると同時に、時間の流れるスピードを自在に変化させることができます。現実世界の時間の流れるスピードが「1倍速」だとして、まず会話文はそれと同じスピード感で進みます。臨場感をもたせるために書き込むディテールの描写は1倍速未満で、逆に何十年すら数行で済ませることができる説明文は何十倍何百倍速というふうに考えたらいいでしょう。ときにスピーディにものごとの経緯を説明し、ときに雨ひと粒が落ちるまでの1秒にも満たない時間を、登場人物の心情に重ねて仔細に書き込んでみる。そのような緩急をもった展開のなかで、登場する人物の心理や感覚といったものがしっかりと描かれてこそ、作品は血の通う活き活きとした物語となるのでしょう。
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