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童話や児童文学といった作品は、対象とする読者の年齢によって、テーマはもちろん、プロットや文章表現が大きく異なってきます。ですから、まず何歳ぐらいの読者を対象とするかを明確にし、それを意識して書き進める必要があります。今回は、小学校低学年から中学年ぐらいを対象とした作品について考えてみたいと思います。
アマチュアの書き手ならば、自分の子どもや孫をモデルに絵本や童話を書くケースはよくあることです。子どもの言動がかわいかったり、行動がおかしかったりしたのが動機となって創作をはじめるわけですね。もちろん、そうした題材で描くのは悪いことではありません。ただ、そうした着想から絵本や童話を書く際にありがちなのが、親の目線や祖父母の目線、つまりオトナ目線で物語を書いてしまうことです。直接的にお母さんが語り手になっているわけではないし、書き手本人としては自覚がなくても、しっかりとオトナ目線で子どもを描いてしまっていることがよくあるのです。オトナ目線で創られた子どもの物語では、読者となる子どもにとっては感情移入がしづらく、そうなると子どものための読みものとしては成立しません。こうした結末を避けるためにまず大事なのが、「子ども側の視点」から物語を考えることなのです。
ここで、浜田広介の名作『泣いた赤鬼』を取りあげてみます。小学校の教科書にも採用されたことのある有名な作品ですから、ご存じの方も多いことでしょう。
主人公は赤鬼です。年齢の設定はありませんが、物語序盤で村人から怖れられていることから考えると、子どもの鬼ではなく、人間でいえば10代後半から20代前半の青年と考えてよさそうです。とはいえ彼はどこか子どもっぽくも感じられます。村の人間たちと仲よくしたいとの思いから、自分は優しい鬼だと名乗り、お茶やお菓子でもてなすと家の前に立て札を出してみたり、それがうまくいかないと腹を立ててみたり。年齢はさておき、子どもらしいイノセントな心のもち主であることは伝わってきます。これは、子どもの読者にもわかりやすく、共感もしやすいポイントといえるでしょう。子どもは赤鬼の気もちがわかるし、感情移入しやすいはずです。
物語の中盤、友だちの青鬼が村で暴れてみせ、赤鬼はそんな青鬼を懲らしめます。ただしこれは、彼らが打ったひと芝居。赤鬼が村人たちに「善」と見なされるよう、青鬼が提案した寸劇だったのです。果たして赤鬼は、信用を得て村人たちと仲よくなります。メデタシ、メデタシ……。と、ふつうならここで終わり。しかし、さすがは坪田譲治や小川未明と並んで児童文学界の三種の神器と呼ばれた、浜田広介の手による名作です。『泣いた赤鬼』のクライマックスは、赤鬼がその後、姿を見せなくなった青鬼の家を訪ね、書き置きを読んで青鬼がどこかへ旅立ったことを知るラストの場面です。ここで読者の子どもたちは、赤鬼の幸せのために姿を消すという青鬼の行動に驚きます。
〈村人からいまだ「悪」と見られている自分と付き合っていては、赤鬼はまた村の人たちから疎んじられてしまう〉
それを避けるべく青鬼のとった行動「去る」は、完全におとなの思考にもとづく行動であり、一般的な子どもの想像をはるかに超えています。おしなべていえば、子どもには「自己犠牲」という発想はありません。無論、赤鬼が村人をもてなそうとしたように、好きな人を喜ばせたいという気もちは子どもにもあるでしょう。でも、自分を犠牲にしてまで人のために――という選択肢は頭のなかにはまずないはずです。そんな、子どもが知らなかったおとなの考え方や価値観を、赤鬼という子どもの側から物語の世界に読者を導き入れ、わかりやすく伝えている作品構造こそが、この物語を名作たらしめる最大の特徴ともいえるでしょう。感動的な名作は、じつはよく計算されて創られていたわけですね。このように物語という装置を通じて、新しい考え方を無理のない形で子どもに教えるのも、童話のひとつの役割といえます。
ところで、この物語を青鬼の側から描いたらどうなるでしょう。青鬼は、赤鬼とは対照的に、一貫しておとなの行動をとるわけですから、読者である子どもたちは、その行動に違和感を覚え、なかなか感情移入できないはずです。友だちのためとはいえ、なんで自分が悪者にならなくちゃいけないの??? なんで自分が立ち去らなくてはならないの??? そんなもどかしい思いばかりが募る読書体験になるのではないでしょうか。じっさい『泣いた赤鬼』を幼稚園児ぐらいの子どもに聞かせてみても、最後の青鬼の行動を理解できない幼児が多いようです。この作品が採用されたのは小学校3年生の教科書だそうですから、そのぐらいの年齢になってようやくわかる物語というわけですね。
このように、童話や絵本は、対象とする年齢の読者が感情移入しやすいアプローチを考え、その年齢の子どもの理解力や感じ方を想像して物語を書くことが大切なのです。いや、感じ方を想像するというよりも、自分が子どもだったころのことを思い出してみるといいのでしょう。子どものころ、自分を取り巻く世界はどんなふうに見えていたか、家族や友だちをどんなふうに思っていたか、大切にしていたのはどんなものだったか、どんなことにワクワクし、どんなことが悲しかったか。優れた童話作家の作品をおとなになってから読むと、そこに登場する子どもを見て、自分もこんなだったな、こんなふうに感じていたなと思うことがあります。童話の書き手にとって、子どものころの気もちを忘れないというのは、大切な資質なのかもしれません。
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