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「物語を書く」ということは、いうまでもなくクリエイティブな行為。ゆえに書き手は、おもしろい物語、優れた物語を書き記すために、一段と独創的・創造的でなければならないのだとキリリと襟を正し、原稿用紙に向かい筆を執る、あるいは執筆用のパソコンの画面を見つめキーを叩くのです。しかしキリリと襟を正すのはよいとしても、ここにはいささかの心得違いがあります。「創作」とは独創的・創造的であらねばならない──と前提にする考え方こそが、皮肉なことに間違いの一歩目なのです。創作が独創的であるのが悪いわけではありません。何よりも先にクリエイティブであろうとする前のめりな姿勢が誤りを生みかねない、ということです。なぜならクリエイティビティとは、直接的に意識して身につけられるものではなく、それを発動させる前段としてまず「想像力」が必要だからです。花を咲かせず実をつけるような植物が存在しないように、想像力のない世界にクリエイティビティは存在しないのです。
たとえば児童に対して、人と同じことをするな、人と違うことを考えろ、と闇雲に導いたとして、これはクリエイティビティを萌芽させるのに正しい教育となり得るでしょうか。優れた思慮深い教育者であるなら、クリエイティビティを養うには、まず子どもがもとからふんだんにもっている想像力をよい方向に伸ばしてやることだ、と気づいているはずです。それは大人だって同じこと、作家志望者だって同じです。いやぁ、だいぶん年を食っちゃったけどねぇ……などと尻込みするなかれ。いつだって、誰だって、柔軟で自由な真のクリエイティビティを発動させる大きな底力「想像力」を高めていくことはできるのですから。
下校時間帯の通学路に目をやれば、子どもがケタケタとやたらに笑い転げていることがあります。何がそんなにおかしいのかと問うたところで、だってさ、だってさ……と満足に説明できないままいっそう笑い転げたりするに決まっています。大人は、微笑みながらもその笑いそのものを共有することはできません。子どもが遊ぶ“子どもならではの自然な空想の世界”に入っていくことができないからです。だいたい大人は「想像すること」がすなわち「遊びの精神」だった時代から遠く隔たってしまっているものです。逆説的ですが、天衣無縫な想像の世界から抜け出すことが「大人になる」ということなのかもしれません。ゆえに、子ども時代は楽しい遊びのひとつであったはずの空想・想像が、いまでは何か「知恵」でも絞り出すがごとく自分を追い込まないと脳内に立ち現れてくれないのです。そんなふうに、クリエイティブが別個のものとして先に立ち、「想像」する段にももはや遊びの精神が失われてしまっていると自覚されるならば、作家になりたい、物語を書きたいあなたがまず取り戻すべきは、遊び心から発する想像力。それを豊かにふくらませていく先に、おのずとクリエイティビティが生まれてくるのです。こうした真実を短い言葉で端的に伝える偉人がいます。
論理力があれば、あなたはAという場所からBという場所へ行くことができるでしょう。
想像力があれば、あなたはどこへでも行くことができるでしょう。
(アルベルト・アインシュタイン)
「想像力があれば、どこへでも行ける」──と、かのアインシュタインが語っているのです。もう逆らえる人はいませんね。ではまず、シミュレーションとして物語の出発点を決めましょう。あえて縁起でもないことを書きますが、年齢を経た人が特に考えたくもないのに考えてしまう「死」を題材としてみます。大人の誰もが無理なく想像を進めていきやすいテーマ設定ということで、ご容赦ください。とはいえ気が滅入るような想像はうっちゃり、「死」ですけど心躍る場面を思い描いてみましょう。たとえば、この世からあの世に行く際に、信じられないほどすばらしい出迎えがあったと想像してみてください──さあ、あなたを出迎えてくれたのは誰ですか? 天国に行ったらもう一度会いたいと願っていた先立った家族ですか? もう何年も前に亡くした最愛のペットですか? あるいは現世では交わることなどあり得なかった歴史上のヒーロー、尊敬してやまない偉大な先人たち、あるいはブラウン管の向こうで唄う永遠のアイドル……。あなたは彼らと、どこへでも行くことができるのです。さてあなたは、高揚感マックスのこの場面にどんな言葉を発しますか? 「信じられない」「夢を見ているようだ」あたりは、まあ自然の成り行きとしてよしとしましょう。問題はこの空想世界の展開の鍵となる相手の言葉です。何を言わせてもいいのです。さあ、遊び心をフル稼働させ、夢のさらに上を行く言葉が、彼らの口からついて出る瞬間を目のあたりにしましょう! つまりこれは想像力と心のリフレッシュ・トレーニング。その成果として、何ものにも囚われない遊びの精神を発揮することができれば、想像世界・空想世界は果てしなく豊かな広がりを見せてくれることでしょう。
最後に前出のアインシュタインについて、物理学者でありながら、漱石徒弟の最古参ともいわれる随筆家・寺田寅彦の含蓄ある言葉を引いておきましょう。寺田は大正11年のアインシュタイン来日時、実際に本人と対面しています。
実際彼のような破天荒の仕事は、「夢」を見ない種類の人には思い付きそうに思われない。しかしただ夢を見るだけでは物にならない。夢の国に論理の橋を架けたのが彼の仕事であった。
(寺田寅彦『アインシュタイン』/『寺田寅彦全集 第六巻』所収/岩波書店/1997年)
アインシュタインをはじめ、「心理学のモーツァルト」と呼ばれたロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキー、カナダの教育学者キエラン・イーガン(以前当ブログでも紹介『日常の脳内トレーニングで高める「想像力」』)ら際立った開明的な人々は、想像力こそは人間のもつもっとも優れた道具であるという観点から教育や芸術について論じました。でも、天才の持論はどこか遠くに感じられるもの。それを寺田が媒介し真理を伝えてくれているのです。作家になりたい──それがあなたの夢だとするならば、その夢の先のディテールにまでとことん想像力を働かせましょう。寺田の言葉を創作の分野に置き換えるなら、それこそが、夢の世界に作家としてのあなたの論理の橋を架けることにほかなりません。「想像力」という人間のもつ最強の道具を存分に有意義に揮ってみてください。そこから、作家を目指すあなたが真に矜持を抱くことのできる豊穣な創作の世界が、きっと広がっていくはずです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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