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そのむかし、人は秘められた思いを日記に綴ってきました。そう、大正・昭和の文学青年も、純情可憐な恋する少女も、鬱屈した思いと孤独を抱えた若人もみな……。それは、人に読ませることを前提としない、いえ、読まれたら赤面し瞬間的に憤死さえしかねない、自分だけの心の記録、心情の吐露の場でした。とはいうものの日記とは、本当に、本当に、書き手ひとりがその内部の奥底に慈しみ抱き込むような秘密の書き物だったのでしょうか。本当に?? ひょっとするとひょっとして、そんな時代のころから、自分では気づこうとしないながらも、もしもそこに書いてあることに完全同意してくれる誰かがいるのであれば、「読んでほしい」との思いも、僅かながらどこかにあったのではないでしょうか。なぜならば人は誰しも、自分の心を打ち明けたいという隠れた願望があるものだからです。
いまや、時代は変わりました。個人的な経験や主張や情報を、ブログやSNSを通じて不特定多数の人に発信するということが、ごく当たり前となっています。誰もが「本垢(実生活と並走するアカウント)」と「裏垢(匿名だったり、趣味嗜好を共有するエリアごとに宛てがうアカウント)」を駆使して、日記でいえば見せたいページ、見せられるページだけを特定の方面に向けて公開するように、ちょっとした呟き、思いや悩み、打ち明け話や個人としての意見や思想を、他者に発信し共有できる時代となったのです。どんなものでもそうであるように、これにはよい面も好ましくない面もあります。SNSにまつわる社会問題は、日々ニュースで報じられているのでここでは割愛しますが、ただ、誰かに知ってほしい思いや経験を自由に伝える手段を誰もが得られ、それで救われたり、逆に満足できる情報が得られたり──という結果に関していえば、それは間違いなく好ましいことに違いありません。
さて、そんなSNS上の文章、特にブログは数年も経てば相応の分量にもなりますし、自身の思い入れも相俟って、できれば本にしたいという気持ちが湧いてきたりするものです。手書きの日記がエッセイへと派生し、それをひとまとめの本にしたいと思うのと同様です。それに、紙とデジタルの違いはあれど、折々の率直な思いやリアルタイムの情報を綴ったブログに、書き手個々の生き生きとした個性が宿っているのは事実です。そして実際、ブログを本にしたベストセラー本は無数にありますし、自分のブログを本にしたいと考える人はますます増えるいっぽうです。ヴァーチャルな世界に向けてデジタルで書きつづけた反動というのもあるのでしょうか。
ただ──ですね、ブログを本の形態にする際には、いささかの難が生じることもあります。すでにブログ上のファンとなっている読者は別として、書籍になって初めて出会う新規の読者には、ウェブ上の双方向の交流による一体感や共感が希薄だからです。つまりブログを本にするからには、必然的にそうした溝を埋める焼き直し作業──リライトが求められてくるのです。それじゃあブログのもち味がなくなってしまうじゃないかって? いいえ、そんなことはありません。ちょっとした知識とコツを身に着けさえすれば、日々書き溜めてきたデジタル空間の貴重な記録を、魅力ある「ブログ本」として仕立てることができるのです。
飲食や物販の店やさまざまな商業施設からもブログやSNSを通じて情報発信がありますが、宣伝を主眼とする内容をエッセイのような体裁に書き換えるのは少々困難を伴います。「いちご大福、販売開始!」みたいな一文をエッセイ化するのは、やはり難儀するところ、というかほぼ全面改訂は避けられません。しかし、たとえばある小さな旅館の若女将が土地周辺の四季の風情を書き綴ったブログであったり、身辺雑記ブログのような日々録であれば、これは表現の部分的な変換やリライトで立派な書籍原稿となり得ます。では、どういったポイントでリライトすればよいのか──?
当館の周辺もすっかり春模様!
わらび、たらの芽、ゼンマイ……
「春」を知らせてくれる自然の味覚が献立に登場します!
スイセンやヤマブキ、可憐な野の花が館内を彩って
見ているだけで心癒されます!
皆様のお越しをお待ちしています!
……なんていうふうに自然に囲まれた小さな宿から発信された投稿に、都会人の疲弊した心理をくすぐる麗らかな写真が添えられていたら、おのずと旅心が掻き立てられますね。このぐらいのひとまとまりの文章であれば、「小さな宿の歳時記」的な、趣のあるエッセイにすぐにも仕立てられる要素を具えています。それら要素をもって文章を書籍仕様に変換するのです。ブログは、リアルタイムの交流ツールであると同時に、比較的ピンポイントの読者に向けた内容・書き方となっていることが多いですから、書籍としてより広い範囲の読者に供するために、時間と空間を埋める焼き直し作業が求められてきます。ブログのポイントは、目を惹くキーワードとシンプルな短文形式。これを活かしつつ、より広く読者に向けた文章にリライトするなら、たとえばこんなふうに……
季節はすっかり春模様。
わらび、たらの芽、ゼンマイ……
自然の味覚は何より鮮やかに「春」を知らせてくれます。
スイセンやヤマブキ、可憐な野の花が風景を彩って、
見ているだけで心癒されます。
やたらと使われている感嘆符(!)と、「当館の周辺」「献立に登場」「館内を」といった文言、そして最後の一文など、告知めいた文言を取り除き、自分の見たものすべてをそっくりそのまま他者に伝えるというトーンを抑え、書き手である自分自身のなかにどのようにその風景が染み込んできたのかを描くことにシフトすれば、たちまち短文のシンプルな連なりが軽やかな、ちょっとした心地よいエッセイに早変わりします。
いっぽう、こちらはちょっぴり手のかけ甲斐のある文章です。
今日マジで寒すぎ_| ̄|○
でも大事なあれは忘れなかったよー
なんたって今日はおめでとうの日(*ΦωΦ)ノ
アルバム発売(≧▽≦)
でもってツアー開始( ^^) _U~~
ケーキケーキケーキwww
ケーキ続きだまいったかーヽ(゚∀。)ノ
命のかぎり追っかけ宣言(o・v・)♪
そんでまたケーキだー(*≧∀≦)
題して「アーティスト追っかけブログ」。ファン同士横のつながりをもちやすいブログではしばしばお目にかかるテーマですね。さて、ブログなら目に楽しい絵文字・顔文字や「www」といった記号ですが、「味わい」を求めて読む本のなかで見かけると案外煩わしく映ります。不思議なものです。要所にひとつふたつ用いるのは差し支えないとしても、連発は控えておくのが良策でしょう。こうした感情表現は文章の「味」に置き換え、瞬発力を持続力に変えるリライト作業に取り組んでみましょう。同時に、本の読者に向けた必要な情報を補うことも大切です。それと句読点も忘れずに。たとえばこんな具合──
今日はマジで寒い。
でも、大事な“あれ”を忘れるわけにはいかない。
なんたって今日は「おめでとう」の日。
私が愛して止まない〇〇のニューアルバムの発売。
でもってツアー開始、ということで気持ちは最高潮。
ケーキケーキケーキ!
ケーキ続きだまいったかーと思わず幸せの笑みが溢れる。
ここに、命のかぎり追っかけ宣言!
そんでまたケーキ(笑)。
まったくケーキが好きなんだか、〇〇が好きなんだかわからないとでも言うように、
隣で寝るマロン(9歳トイプードル♂)がチラと片目を開けて閉じた。
どうでしょう。ブログの書き手の高揚感をそのままに、初見の読者にも適切な情報が提供されたエッセイに変換されているでしょうか。あと出しジャンケンのようでちょっとズルいかもしれませんが、最後に付け加えた2文では、それまで一方通行的に心情を発散していただけのくだりに少しの共感性を発生させるために、犬の目の動きを借りて客観的な視点を取り入れてみました。ファン同士だけでつながるブログであれば、ライブ会場前でキャッキャと騒ぐかのようなコメントだけでも受容されるものですが、ファンとは限らない読者をも引き込む必要のある一冊の本とするならば、〇〇にドハマりしている書き手の生活そのものに、読み手が一種の味わいを見出す仕掛けを用意してあげなくてはなりません。
「どんなガイドブックも、理解と経験に裏打ちされた達人にはかなわない。そして、ウェブログの世界には、ジャーナリストが及びもつかない達人たちが山のようにいるんだ」
(2004/08/20「asahi.com」ダン・ギルモアインタビュー記事より)
米国のジャーナリストで有名ブロガーのダン・ギルモアは、「ブログは世界を変える個人メディア」として、現代ジャーナリズム論『ブログ』(朝日新聞社/2005年)を著しました。そんなブログ界隈も20余年のあいだにまた変遷し、noteなどブログと似て非なる書き物プラットフォームへと書き手ユーザは移動をはじめています。そうしたなかで書籍は、情報伝達という一面だけでいえば、旧態依然としたオールドタイプのメディアとなっていくといえるのでしょう。けれど、ブログを書籍化する際の変換のポイントをここまで読んできた方ならもうおわかりのはず。「本」という存在が、書き手と読み手のあいだで橋渡しをしているものは、情報ばかりではなさそうだ、いやそれ以上の何か「感覚」めいたものだということを。そこに気づけば、本の原稿となる前の文章が、ブログに書かれていようとSNSに書かれていようと、まだ誰も知らない未来のプラットフォームに書かれることになろうと、本が果たす役割は変わらないし、人々が本に求める役割も変わらないという本質的な価値観に辿り着くことでしょう。
ブログをはじめとするデジタルメディアを書籍化する際の要諦は、自分の作品が本の上で読者に伝播するものが「情報」ではなく「感情」なのだと認識すること。むしろ「感情」を伝えるために、必要な「情報」を適宜添えるというほうが正確なのかもしれません。コミックエッセイなど、そうしたタイプのブログはもちろんあります。そこにしっかりフォロワーがついていたとすれば、それはもうたぶんどこかの版元が書籍として世に送り出しているのではないでしょうか。そんなふうに、ブログを先行活用して本づくりを進めることだってできるのです。デジタルメディアの台頭は多くの場合、書籍の脅威のように語られるものですが、あなたがもし賢明な書き手であるならば、紙媒体の趨勢を悲観している場合ではまったくないのです。PCにスマホにタブレットなどの執筆デバイス、インターネットに支えられる時空を超えたリサーチ力、バーチャル上に設けられた無数の発表ステージ、そしてここに来てAIの支援です。書き手としてこれほどまでに恵まれた時代は過去にありません。あなたは、この時代に生きているだけで、もうとっくに勝ち組候補なのです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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