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自作エッセイに愛犬・愛猫を登場させるならば……

2023年11月21日 【エッセイを書く】

「ベタぼれ」でいい、けれどそれだけではもの足りない

犬ってかわいいですよね。もちろん犬だけではありません。「猫可愛がり」なんて言葉が辞書に載っているくらいですから、我が家の猫なら目に100匹くらい入れたって平気! 平気! という愛猫家の方だって多いはず。犬でも、猫でも、ペットというのは実に特別な存在です。世には何匹何代と犬・猫たちと生活をともにしつづけるベテラン愛犬家・愛猫家がいます。ブリーダーってわけじゃなくても、10匹くらいの猫を自宅に招き入れている方は(体感ですが)100人に1人くらいはいるのではないでしょうか。

そんな慣れ親しんだ動物との共同生活を、落ち着いた筆致で綴るペットエッセイもまた、ペット同様に心を和ませるものです。いっぽう初めて犬や猫を飼ったビギナーの顛末記も、それはそれで「わかるわかる!」と自分が初めて犬猫を迎え入れた日を思い出して楽しめるもの。なぜならそれはペットを愛する誰もが等しくとおる道であり、初めて体験する動物との暮らしの魅力、彼らへの大きな愛に目覚める者の熱狂ぶりが、ついきのうのことのように“自分事”として胸に刻まれているからです。もう人格が変わったかと思うくらいの、ベタぼれ、メロメロ、トロトロ……の、誰にも止めようのない甘い文章ができあがったりします。これが男女の色恋であれば、おい、いいかげんにしろよと鼻も引っかけてもらえない代物に成り果てたとしても、不思議と犬・猫相手ならそれが許されるばかりか、微笑ましいと共感の嵐が巻き起こりさえするのです。ただし──

そう、ただし──なのです。一般読者へ提供する読み物となれば、そこには読み物としての魅力が求められてくるというもの。愛犬にベタぼれでもうどうしようもない状態になっている自分をも、犬とともに過ごす風景のなかにしっかりと描き込む眼と技。プロとアマの違いがそこに現れてきます。うちの犬は最高にかわいい、犬と暮らすことはこんなに幸せなんだ──それを真に伝え共感を喚起するためには、その眼と技が必須なのです。

鋭い文芸批評は“ペット愛”にいかに通じているか

戦後を代表する文学者、文学と時代を深く読み解き小林秀雄と双璧をなした文学評論家、江藤淳。批評の鋭利な刀で文学作品と作家をバッタバッタと斬って捨てた彼は、評価され、かつ怖れられ煙たがられる存在でした。そんな江藤が、第一随筆集として上梓したのが『犬と私』です。初めて迎え入れた犬との暮らしの感動と幸福を手放しで語ったこの一冊。江藤の鋭い舌鋒に斬られ、あるいは慄いていた作家たちは、『犬と私』を読んで、我が目を疑うほど驚き、怖れ煙たがっていたはずの江藤淳にあらためて敬愛の念を抱いたのではないでしょうか。

私は他人がそばにいると、原稿が書けないたちで、ことに女房がこっちをむいているとよく書けない。きっと、ものを書くということに、どこか犯罪に似たところがあるからにちがいないが、犬は容赦もなく書斎にはいって来て、私の顔を眺めている。昔はおしっこが出たいのかと思ったものであるが、今は何をしに来たのかよくわかっている。彼女は私を憐んでいるのである。そして、男というものは、何でこんなつまらないことにむきになっているのだろうか、と変に智慧のありそうな眼で、少し首をかしげて不思議がっているのである。
犬を飼っているということは、二人女房を持っているようなものだ。これは妻妾同居という意味ではなくて、まったく同じ女房が二人いるという意味である。だから女房を連れて来いというなら、犬も連れて行かなければならない、犬を置いて行けというなら、どうして女房を置いて行ってはいけないのだろう。どちらかにしなければ、私の精神のバランスが崩れてしまうのです。

(江藤淳『犬と私』/三月書房/1966年)

批評家にして論客の江藤淳の、まさしく別人のごとき相貌を露わにした『犬と私』。その信じがたい変貌を遂げさせた存在が1匹の犬であったことに驚きを覚えます。そして、それこそが「犬」という動物なのだと思い至ります。初めて犬と身近に接することとなった江藤淳は、ひょっとすると、その暮らしのなかで自分さえ知らなかった自分を発見したのかもしれません。そんな“もうひとりの自分”を奥底に隠していた己をあらためて見つめる体験は、勉学の志に燃える若者が初めて世界の不思議や叡智に巡り会ったかのような瑞々しい感動を江藤にもたらしたのではないでしょうか。『犬と私』は、そのような清らかな感慨深い息吹に満ち溢れているのです。

愛犬の姿をいっそう輝かせるのは「自分を見つめる眼」

率直にいってしまうと、アマチュア作家が書くペットエッセイの多くは、書き手とそもそも温度感の違う「冷静な読者」を感動させるような複雑妙味な読み味に欠けています。愛犬・愛猫の姿や行動に対する手放しの愛と喜びは、微笑ましく共感を誘うものであるとしても、感動まではなかなか引き出せません。見て見てー、うちのペットはこんなにカワイイんだと一方的な発信に終始すれば、ともすると聞くのもウンザリの孫自慢レベルのペットエッセイに堕してしまいます。江藤の『犬と私』というタイトルは暗示的ですが、彼は犬との暮らしのなかで新たに発見した自分をそこに置いて、「犬と私」の姿をつぶさに見つめていると感じます。また、そこには一抹の哀しみも匂います。愛くるしくかけがえのない存在であるのに、おそらくは自分よりも命が短いこともひとつの理由として挙げられるでしょう。未来永劫つづく関係ではなく、いつかそう遠くない将来訪れる別れを覚悟しての魂の交流なのですから。と同時に、純粋であけっぴろげな動物に比べて、幾重もの理屈やら自我やらで覆って外向きの姿をつくって生きていかねばならない「人間」という存在が、いかに弱く不毛なことに心を消費しているのかを、まざまざと見せられるからかもしれません。犬や猫の人間に向ける眼が、どこか超然とした気配を帯びる瞬間があります。そんな眼差しに出会うと、「人間」への哀れみが、その眼に哀しみを浮かべさせているような気さえするものです。

畢竟、愛犬・愛猫自慢に終わらないペットエッセイを書くためには、自分を見つめ発見し、その奥底を覗く眼が重要──ということがいえるでしょう。犬や猫により暮らしがどのように彩られ、どのようなドラマが巻き起こったかという表層を描きつつも、その彩りに自分がどのように感化され、そのドラマが自分にどんな変化をもたらし、さらには自身のそうした心の移ろい方を自分がどのように受け止めているか──そこを描かなければ作品に深みは生まれません。『犬と私』の書籍紹介には、「子どものないままに飼っていた犬たちは、体の芯にかかえていた寂しさのメタファーだったのではないだろうか…。」の一文が添えられています。犬とは、ペットとは、その飼い主が心の奥に抱える寂しさや弱さに気づかせ、素直な心持ちで向き合わせてくれる存在なのかもしれません。

ペットと暮らす人たちは、彼らがいかに愛すべき無二の存在であるかをよく知っています。けれど、その話を第三者に微笑ましさ以上の感動をもって受け止めてもらうには、純粋無垢な動物たちが自分をどのように変えたか、なぜ変えたのか──そのことを探り出そうとする別の角度からの眼が必要なのです。またそれは、己を分析する冷徹で「理論的な眼」であるだけでなく、みずからを許容する「優しい眼」であるべきでしょう。自分をよいように取り繕うのではなく、優しさをもって見るということは、実はなかなか難しいものです。その難問に取り組みクリアすれば、きっと、あなたのペットエッセイは、愛犬・愛猫の姿にいっそうの輝きを与え、純粋な感動に満たされた作品となることでしょう。

※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。

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