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小説が成功するかどうかのひとつの決め手はその書き出しにある――とはよくいわれることですが、これを押さえておかねばならない「原理原則」とまで主張するのは、スティーヴン・キングと並び称せられる米国サスペンス・ホラー小説界の巨匠ディーン・クーンツです。1960年代後半にデビューし、1980年代以降ベストセラーリストの常連となったクーンツは、B級感満載のローラーコースター・ストーリーから、スケールの大きな啓示小説、さらに人間世界の奇跡を模索するような宗教的姿勢さえうかがえるような物語……と、エンタメ小説界にあって進化、変貌しつづける作家といわれています。小説とは読者とのコミュニケーション手段であるから売れなくては意味がないと考えるクーンツは、みずからの創作スタイルやテーマをも変化させ、その都度、売れる小説を書くために職人技を駆使する果敢な小説家なのです。そんなクーンツが、みずからの職人技――メソッドを惜しげもなく披露した1冊があります。その名も、『ベストセラー小説の書き方』。
この著書のなかで、クーンツは“書き出し”の重要性をくどいくらいに訴えています。書き出しの重要性は、筆を執る者には広く一般的に認識されているにも関わらず、独自の手法(と信じているもの)を実践し迷走、自滅する小説書きがあとを絶たないというのです。
新人作家の九九パーセントが、小説の書き出しで同じあやまちを犯している。それも絶対に許されないあやまちだ。彼らは小説をはじめるにあたって、主人公を過酷な困難にほうりこもうとしないのである。
読者の心でとらえるために、冒頭の一行にはふたつのことが求められている。
(1)普通ではない、注意をひく、不気味ともいえるイメージ。
(2)そのイメージが暗にほのめかす暴力。
(ディーン・R.クーンツ『ベストセラー小説の書き方』朝日新聞社/1996年)
では、1980年代、国内外のホラーファンのみならず同業者の度肝さえ抜いたクーンツ作品『ファントム』の伝説的“書き出し”を引用しましょう。
悲鳴は遠く短かった。女の悲鳴だった。
保安官補のポール・ヘンダースンは〈タイム〉から顔を上げた。首を傾げ、耳をすました。
(ディーン・R.クーンツ『ファントム』早川書房/1988年)
人物の内面を掘り下げたり、細かなディテール描写で情感を盛り上げたりするのではなく、場面をくっきりと浮かび上がらせて絶妙な緩急のテンポで重ねていくクーンツの手法は、ある面シナリオ的といえるかもしれません。そのクーンツ流がいよいよ冴えわたって圧巻の本書のこの書き出しは、これ以上ないほどに無駄なく簡潔でいて、いましも未曾有の恐怖が迫りくるような不気味な静けさを湛えています。ちなみにこのポール・ヘンダースン保安官補、次のページで扇風機がちょいと首振る程度のさりげなさのうちにお亡くなりになります……。
さてさて、ここで前出の大御所スティーヴン・キングをクーンツと比較的に取り上げるのも一興でしょう。小説の“書き出し”の重要性については、彼もまたクーンツ同様に説いており、彼自身、冒頭の数行に何か月もかけると話しています。そんなキングが、あるインタビューに答え、導入部が優れた小説として一番に挙げたのは、ジェームズ・M・ケインの『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でした。
私は正午頃、干し草を運んでいるトラックから外に投げ出された。
(『郵便配達何度ベルを鳴らす』新潮社/2014年)
キングは、作者ケインがこの一文で読者をたちまち“出来事”のさなかに引き入れてしまったこと、さらにこの一文は主人公が“トラックから投げ出された”という事実以上の多くの情報を伝えていると指摘します。つまり、トラックの荷台にチケットを買って乗る人間はいないわけで、主人公は放浪者で、犯罪者かもしれない――ということを暗に伝え、ストーリーへの興味を誘っている、と語るのでした。
ちなみに、キングが自身の作品で最高の“書き出し”として挙げたのは、『ニードフル・シングス』(文藝春秋/1998年)の「あなたは以前ここへ来たことがある。」というもの。1ページにこの1文のみを載せた、とその企みについて語るキングは、「この書き出しは読者に親近感を持たせ、変わりばえのしない現実の外へ連れてゆくような感覚を与えます」と意図したところを解説しています。
いかがですか。小説の導入部には「物語」という別の世界へ読み手を引き入れる重要な役割があります。“おもしろい”小説を書くためには、間違ってもあだおろそかにはできない最大限に注意を払って書き込むべき関門なのです。ここでミスを犯せば、読者の心理的な流れは一気に下降します。逆に成功をおさめれば、以降つづく物語は無理なく読者の心に届けられることになります。小説家になりたいあなた、ぜひ“書き出し”の技を磨いて、読者をあなたの物語世界へと導いてください。
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