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ハリウッドといえば、映画産業の都。派手なエンターテインメントを生み出す煌びやかな世界。ともすると、マネーが飛び交う権力主義で俗臭芬々の世界なのでは? そうに違いない!!! といった妄想もふくらみます。15 minutes of fame(つかの間の名声)を得ては彗星のごとく消える無数のセレブリティ……などと聞くと、同じコンテンツ産業でも、文芸ジャンルはどうにも畑違い、別世界のことだと距離を置きたくなる気持ちがむくむくと頭をもたげてくるというもの。ビッグバジェットがもたらす空前絶後のド派手なアクロバティックエンタテインメント云々、全米が涙した〜なんて宣伝の常套句を目にした日には、純然たる文学作品を生み出そうとする、純粋で静謐で地味で孤独な営みとはむしろ正反対、一切共通点のない世界なのではと疑ってしまいたくもなります。
でもそれって、何かの話題で歓喜沸き立つ教室の片隅に座り込み、疎ましさ半分、羨ましさ半分の心境でクラスメイトを遠目に眺める態度と同じではありませんか? 自分のタイプと違うからって、華やかな世界に偏見をもちつづけるよりも、何かしら美点やメリットがあるのでは、という視点でハリウッドを捉え直すことのほうが圧倒的に健全です。こんなことを当ブログ筆者が語るまでもないでしょうが、端的にいって、ハリウッドの「人を魅了するノウハウ」は伊達ではありません。だってこの100年間、世界映画界の中心でありつづけているのですよ。「売れるために小説を書いてるんじゃないやい」と我を通して、鳴かず飛ばずの時代を「下積み」と称するのもそれはそれで作家としての正しいあり方ですが、まあここはあまり頑なにならず、思い切ってハリウッドのノウハウを盗んでやろうと思ったって誰に咎められるものでもありません。立っている者は親でも使え──日本には肩の力を抜くいい諺がありますね。利用できるものは何であろうと利用しましょうよ。それもまた創作活動をつづけるうえでの大切なスキルなのです。
さて、小説はストーリーからなるわけですから、いうまでもなくこの構造をしかと整えることは大切です。ストーリー構造には基本の構成法があり、小学校で習ったりして誰もが知るのは「起承転結」かもしれません。しかしこれは、もとは漢詩(絶句)の構成を表すもので、短詩になら相応しくとも小説の筋に真っ正直に当てはめると、あれ? なんか変だぞ、とはなはだ不如意なことになりかねません。むしろ、小説に相応しいストーリー構成の形は「序破急(じょはきゅう)」。雅楽の構成理念であるこの三幕形式がしっくりきます。
ハリウッドに話を戻しますと、当然ながらあちらでは、華やかな映画界でひと旗揚げようと青雲の志に燃える脚本家志望者たちがゴマンといます。志の高さは同じなれど、その数と積極性と実行力はやはり日本の比ではないでしょう。それがシノギを削っているのです。そんな彼らは学校や各種講座でシナリオライティングのノウハウを体系的に学ぶわけですが、そうした場でバイブル化しているテキストがいくつかあり、その代表格となる一冊が『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』(原題『Screenplay – The Foundations of Screenwriting』)です。生き馬の目を抜くハリウッドで1970年代から脚本家として名を揚げたシド・フィールド(1935-2013)による著です。大手映画スタジオでシナリオ・コンサルタントを歴任し、その門下生にはジェームズ・キャメロン(『ターミネーター』『エイリアン2』脚本、『タイタニック』脚本・監督)、テッド・タリー(『羊たちの沈黙』脚本)らが名を連ねます。
構成とは、ストーリーを一つにしておく糊のようなものだ。構成は、ストーリーにとって基礎であり、土台であり、骨格である。構成という関係性によって、脚本は一本にまとめられているのである。これが物語構造のパラダイム(見取り図)である。
(シド・フィールド著、安藤紘平・加藤正人・小林美也・山本俊亮訳『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』/フィルムアート社/2009年)
「物語構造のパラダイム」としてフィールドが説くのが三幕形式、すなわち序破急です。各幕の役割を《発端》《中盤》《結末》と位置づけており、ストーリー全体の配分は「発端25%、中盤50%、結末25%」であることが好適バランスと示されてます。さらに、各幕で何を書くべきかも明示されており、《発端》は状況設定、《中盤》は葛藤、《結末》は解決としています。これは以前当ブログ記事『ヒーローの作り方 〜常人が英雄になるプロセス〜』でも取り上げましたが、神話学者のジョーゼフ・キャンベルが英雄物語の構造を説く『千の顔をもつ英雄』の基本三幕構造にも通じています。この著もまた物語作家のバイブルとされる作品ですから、シド・フィールドの脚本論の原点となっていたとしても不思議はありません。ただ、フィールドが特筆されるのは、序破急の三幕に「プロットポイント」を設けたことです。
《発端》《中盤》《結末》、これら三要素をストーリーの流れに沿って見てみましょう。まず、《発端》では「ストーリーを立てて、キャラクターを設定し、ドラマ上の前提を示す。そして、状況を説明し、主要キャラクターとその他のキャラクターとの関係を設定する」、文字どおり状況設定の一幕です。中盤はドラマ上の要素を組み立てる部分であり、主人公が「達成しなければならない目標の前に立ちはだかる障害と対決」する過程、すなわち葛藤を描きます。《結末》は「ストーリーに解決を与える役割を果たす」部分となり、単純なエンディングとは異なるものだといいます。そして、それら三幕をつなぐいわばジョイントが「プロットポイント(物語の転換点)」というわけです。
プロットポイントは《発端》と《中盤》それぞれの最後に置くとされます。プロットポイントは次の幕へと向かう分岐点。つまり、《発端》のそれは、冒険や旅や戦いや謎解きや恋愛の成り行きといったメインドラマとなる《中盤》に向けてのきっかけであり、《中盤》のそれは《結末》に至る決定的な出来事を描くという、三幕構成のストーリーを滑らかなひとつの流れとしてまとめるために欠かせないものです。
フィールドが本書のなかでしばしば取り上げている映画『ショーシャンクの空に』を具体的な一例として挙げましょう。『ショーシャンクの空に』の原作は、スティーヴン・キングの中編小説『刑務所のリタ・ヘイワース』。映画は2時間22分となかなかに長大ですが、大筋やプロットポイントは小説版とほぼ変わりません。未読・未鑑賞の人の方にも影響のない程度にざっくりと筋をお話しすると、主人公のエリート銀行員アンディが妻殺しの無実の罪で刑務所に収監されるも、もち前の頭脳と人柄で過酷な刑務所生活を生き抜き、ついに脱獄に成功するばかりか、ある企みを成功させその後は悠々自適の身分となる──というもの。物語構造のパラダイムに照らしてみると、第一幕《発端(状況設定)》のプロットポイントはアンディの有罪が確定する場面、第二幕《中盤(葛藤)》のプロットポイントは脱獄に成功したアンディが忽然と姿を消す場面、といったところでしょうか。さすがは稀代のストーリーテラー、スティーヴン・キングが優れているのは、脱獄の成功を《結末》とせず、“希望”をテーマとしたところでしょう。 刑務所でアンディの友となったレッド(小説では語り手)の仮釈放後の運命に“希望”を匂わせて終えるセンスのよさ。映画『ショーシャンクの空に』は、世界最大の映画データベースIMDbで驚異の9.3のレートを叩き出し、公開から30年が経つにも関わらず、いまなお堂々の1位に君臨しています。本作は観て愉しむにはもちろん第一級、そして物語構成を学ぶうえでも、ストーリーづくりを学ぶうえでも、格好の一作であることは論を俟ちません。
ハリウッド流「序破急」。これを商業至上主義、狂乱世界の産物とゆめ侮ることはできません。物語構造のパラダイムをしかと捉え、練りに練ったストーリーを存分に活かし切ることができれば、ひょっとすると本家ハリウッドで映画化……なんて夢のような希望を抱くのも、悪いことではないでしょう。それこそアメリカンドリーム。作中、みごと脱獄を成し遂げたアンディもこう言っています。
「希望はいいものだ、たぶんなによりもいいものだ、そして、いいものはけっして死なない。」
(スティーヴン・キング著、浅倉久志訳『刑務所のリタ・ヘイワース』/『ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編―』所収/新潮社/1988年)
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