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稲妻のごとく現れ、超人的な力をふるって不可能なはずの奇跡を成し遂げ、世界に光をもたらす――。「英雄」とは、私たち普通の人間が憧れてやまない特別の存在です。アニメ・ゲーム世代を例に引くまでもなく、古今東西の勇ましき英雄伝には誰もが惹きつけられることでしょう。歴史上の人物にも、冒険物語で活躍する主人公にも、私たちは英雄像を見いだします。古代の英雄、伝説の英雄、ファンタジーのなかの英雄、そして時空を超えた未来に存在する英雄――。英雄たちはそれぞれの世界で獅子奮迅の働きを見せて「事」を成しますが、いずれもそのキャラクターは、圧倒的存在感を放ち、カリスマ的魅力に溢れて、新たな英雄との出会いほど待ち遠しく心逸ることはありません。
ところが、ここで知る人ぞ知る、知らない人にはちょっと驚きのひとつの説があります。それは、世界中の誰もが知るような個性的な英雄像が、しかもひとりのみならず数々の英雄像が、たったひとつの“型”からできあがっているというもの。あなたは信じられますか?
英雄譚に関心を寄せる作家やシナリオライターなど、いわゆるクリエイターたちがバイブル視する一冊の書物があるのをご存じでしょうか。その本のタイトルは『千の顔を持つ英雄』。著者ジョーゼフ・キャンベルはアメリカの神話学者です。1904年アメリカ・ニューヨーク州生まれ、少年時代ネイティブ・アメリカンの遺物に魅了された日に、キャンベルは生涯歩んでいく道へ足を踏み入れたといえます。この少年の日の出来事を契機として、キャンベルはネイティブ・アメリカンの神話収集に励むようになり、長じて神話研究に没頭し、ついに世界に影響を与える一大法則を神話のなかに発見するに至るのです。
英雄とは、かれ個人の生活空間と時間を超えて、普遍的妥当性をもった人間の規範的ありようをたたかい取るのに成功した男もしくは女である。
(ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄』人文書院/1984年)
キャンベルの功績は、神話学上で「英雄」を初めて定義し、英雄譚の基本構造を規定したことでした。すべての英雄はただひとつの行動パターンによって生き、同じひとりの英雄が千の顔を持つように異なる英雄伝説が存在する――『千の顔を持つ英雄』は、英雄と英雄伝説の法則を世に知らしめた実に衝撃的な一冊でした。ちなみに、キャンベルは大学教授として教壇に立っていましたが、そのクラスには、のちに偉大な映画監督となる学生がひとりまぎれ込んでいました。ジョージ・ルーカスです。英雄物語の基本構造についてキャンベル本人から講義を受けて感動した彼が、のちに師の唱えた原理を取り入れてスペースオペラ『スター・ウォーズ』を構想したのは有名な話です。
英雄は日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠くおよばぬ超自然的な領域に赴く。その赴いた領域で超人的な力に遭遇し、決定的な勝利を収める。英雄はかれにしたがう者に恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。
(同上)
英雄への第一歩は、「それまでかれが生活していた小屋や城から抜け出し、冒険に旅立つ境界へと誘惑されるか拉致される」(『千の顔を持つ英雄』)というもの。そしてキャンベルが規定した英雄物語の基本構造とは、大きく「セパレーション」「イニシエーション」「リターン」の三幕に分けられ、それぞれ時系列に沿って細かく段階が示された全17のパートからなっています。それが次のとおり。
簡単にまとめると、まず「第一幕 出立」で、英雄には使命がもたらされ、まだ英雄ではない英雄は戸惑い怖れますが、やがて意を決し超自然的な力を授けてくれる場所へと旅立ちます。「第二幕 イニシエーション」は試練と転生の道のり。数々の障害を克服して英雄は超越的な力を身につけます。そして「第三幕 帰還」。英雄は自らに覚醒をもたらした旅から帰還し、祖国の人々に恩恵を与えるための戦いに勝利して、伝説は大団円を迎えるのです。
ここでちょっと注目しておきたいのは、「第二幕 イニシエーション」の「9.父との一体化」という局面。これは英雄が父の正体を知り、その衝撃を乗り越えて成長していくシークエンスで、『スター・ウォーズ』ファンならずともダース・ベーダーを思い起こすところですね。しかし前述のとおり『スター・ウォーズ』こそが神話の法則を適用しているのですから、当然といえば当然なのです。下地となる神話に立ち戻ってみれば、つまりここでいう「父」とは、ペルセウスとヘーラクレースにとってのゼウス、オデュッセウスにとってのラーエルテース(あるいはシーシュポス)が相当するわけです。
ペルセウスが退治したメデューサの、その首から吹きあがる血のなかから生まれてきた天馬ペーガソス。ペルセウスはペーガソスを駆って妻となるアンドロメダー(「第二幕 イニシエーション」おける「女神」ですね)を救出したといわれています。
ところでそんなペーガソス周辺にも、なんとも現代のエンタテインメントに通ずるようなエピソードがあります。のちに海神ポセイドーン(メデューサの父)は、ペーガソスを息子のベレロポーンに与えました(ベレロポーンが泉で捕らえたという説もある)。ベレロポーンはキマイラ退治で有名なギリシア神話の登場人物ですが、英雄の法則には当てはまりません。なぜなら、ペーガソス頼みでキマイラを退治したくせに、自分の力を過信し増長した彼は、のぼせたまま天を目指し、ついにはゼウスの逆鱗に触れてしまうからです。ゼウスの放った虻がペーガソスの鼻を刺し、天から落ちたベレロポーンは哀れな末路を迎えるのでした。英雄になりそこねたこんなベレロポーンの姿も、さまざまな物語で目にするような気がしませんか?
自我や自己保存を第一に考えるのをやめたとき、私たちは、真に英雄的な意識改革を遂げるのです。そして、すべての神話はなんらかの意識変革とかかわっています。いままではこういうふうに考えていたけれども、これからは違う考え方をしなければならない、というわけです。(意識が変わるのは)試練それ自体によるか、または啓示による。そのどちらかです。試練と啓示とが最も肝心なものです。
(ジョーゼフ・キャンベル ビル・モイヤーズ著『神話の力』早川書房/2010年)
読者、というか全人類に英雄の意識への同調を促すような、キャンベルの示唆に富んだ言葉です。英雄とは人間とはまったく別種の超人でしょうか。いいえ、そうではありません。英雄とは、決意し、試練を潜りぬけ、弱さを克服したことで、超越的な力を得た人間なのです。そして神話とは、欲望・感情という人間の本質も露わに、民族や文化・文明の成り立ちを表現した世界のはじまりの物語です。ジャーナリストのビル・モイヤーズとの対談で、ジョーゼフ・キャンベルは「神話は大変流動的なものなんです。ほとんどの神話が自己矛盾を含んでいる。ひとつの文化が、ある同一の神秘について見方の違う神話を四つも五つも持っていることさえあります」(『神話の力』)と語っています。まさしく、天翔ける神々の世界は物語の原型の宝庫。もしあなたが、ヒーローストーリーやエンターテインメント小説を書きたい、あるいはシナリオライターやゲーム作家になりたいと考えているならば、一度じっくりとつきあってみる価値のある領域なのではないでしょうか。語りかける天地神明の声に、ぜひ耳を傾けてみてください。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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