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クアッガ、モア、ブルーバック、オーロックス、ターパン、グアダルーペカラカラ……。見知らぬ国の謎の呪文たち。これらの言葉が何を指すものかわかりますか? 答えは、絶滅した動物の名前。そう、これはハリーポッターに出てくる呪文でも何でもなく、この地球上にかつて生き、しかしいまは存在しない動物たちの名なのです。ではなぜ彼らは地球上から姿を消したのか――。誰もが知るように、遥かな遠い昔には自然環境の大変動がありました。いまも環境は変化しつづけていますが、私たちが直視しなくてはいけないのは、人為的な自然破壊や乱獲です。前掲の動物たちを絶滅に追いやってきた罪を誰かに問うとすれば、それは人間の存在以外にはあり得ないのですから。
国際自然保護連合(IUCN)により、絶滅危惧種のレッドリストが作成されるようになったのは1950年前後のこと。その後、自然保護・動物愛護運動は世界的な潮流となっていきますが、当初は危機感が一般に浸透、認識されていたとはいいがたかったようです。環境運動の先駆となったレイチェル・カーソンの『沈黙の春』は1962年に出版されましたが、より限定的に「17世紀以降の絶滅動物」を主題として一冊の本にまとめたのは、その5年後の1967年にSF作家のロバート・シルヴァーバーグが書いた『地上から消えた動物』が初めてだったのではないかと思われます。
『地上から消えた動物』は、ドードー、ステラーカイギュウ、モア、クアッガ……といったいまはいない動物たちの滅びの物語を収め、人類にはっきりとした警告を送っています。レッドリストのカテゴリーに分類するなら、私たちホモ・サピエンスは絶滅の恐れのない「低危険種」。そしてシルヴァーバーグによれば、当時のデータで自然な経緯を辿って絶滅した哺乳類は全体の25%、残りの75%は、環境破壊、狩猟、それまで生息していなかった他種生物(人為的な外来種の持ち込み)――とすべてホモ・サピエンスである人間がもたらした災禍によるものなのです。
こうした事実に、同じ地球上に住む生物を死に追いやってしまった種として、私たちはどう向き合うべきなのでしょうか。つまるところ、はっきりと罪を認識しなければ意見も信念ももち得ないわけですが、何もしないのもひとつの姿勢、無関心であることも自由、「運動」そのものに否定的……というのもひとつの意見として許されるものかもしれません。だって何人にも精神の自由が保障されているのですから。ただし、作家になりたいと、筆一本で身を立てたいと願うくらいの人であれば、相応に何かしらの信条を備えていることでしょう。この罪に対しても、気づきさえすれば無自覚ではいられないかもしれません。何にせよ自分なりのスタンスを示さねば……と。
レイチェル・カーソンやロバート・シルヴァーバーグのように、著述で直截の訴えを起してもいいかもしれません。しかしそこまで己が主義主張として前面に出すほどの必要はありません。人(読者)は切実に説かれさえすれば「ハイそうですか」と素直に聞き入れるわけではありませんから、あなたはもう少し別のアプローチ方法を考えてもいいのです。作家とは本のなかで「存在しないもの」を創り出す人のこと。さあ、もうおわかりですね。小説家、文筆家、クリエイター、芸術家という人種は、この世から姿を消してしまった動物たちを蘇らせることだってできるのです。たとえば、ミステリー小説のなかにだって……。
「オーデュボンというのは、動物学者だ」田中はそう話をはじめた。
「フランス生まれだが、アメリカに渡った。そして鳥だとか哺乳類の研究に打ち込んだ」
「オーデュボンはリョコウバトを見つけた。二十億羽もの群れで、空を覆いながら飛ぶ鳥だ。」
「何十億、何百億という鳥が絶滅するかよ」日比野は、もとからそんな鳥の存在を疑っているかのようでもあった。
リョコウバトの肉はうまかったらしい、と田中は言った。
それが絶滅の理由のひとつだった、と。
(伊坂幸太郎『オーデュポンの祈り』新潮社/2003年)
ミステリー作家・伊坂幸太郎のデビュー作『オーデュボンの祈り』の「オーデュボン」とは、19世紀の画家・鳥類研究者、鳥の自然な姿を描いた博物画集『アメリカの鳥類』で知られる、実在したジョン・ジェームズ・オーデュボンのこと。現実世界から隔たった不思議な島で起きた殺人事件の謎を解く本作のストーリーに、しかしなぜオーデュボンが主要な存在として織り込まれているのでしょうか。それは、オーデュボンがその夥しい数の移動を目撃したという、20世紀初めに姿を消したリョコウバトの絶滅と復活が作品のモチーフとして据えられているからなのです。
物語は絶滅したはずのリョコウバトを殺そうとした者への死の予言を皮切りに、殺人事件の真相を明らかにしつつ進行していきます。未来を見る案山子や殺人を許された男などが登場する一見メタフィクショナルな作品世界には、人間の傲慢さへの警句と未来へのメッセージが内包されています。人間の飽くなき欲望という生々しいテーマがどっしりと横たえられたことで、鳥が空を舞うイメージがいっそう鮮やかに浮かび上がる読み味を湛えています。
17世紀以後の絶滅種でもっとも知名度の高い動物は――といえば、断トツでドードーでしょう。なぜかといえば、ルイス・キャロルが『ALICE IN WONDERLAND』のなかに登場させたことに起因します。インド洋・モーリシャス島に生息していた巨鳥ドードーは、乱獲と人間が持ち込んだ犬や豚などの幼鳥襲来によって、17世紀の終わりに絶滅が確認されました。鳥なのに空を飛べず足も遅い、警戒心が薄い、地上に巣をつくる……と、獲ってくださいといわんばかりのドードーの生態は、天敵のいない絶海の孤島でのみ許されるものでした。そんなドードーにとってのかつての楽園モーリシャス島は、「インド洋の貴婦人」などと勝手なキャッチコピーを添えられた、いまや人類が跋扈する国際的なリゾートアイランドです。時代と環境の変化は避けられないものとはいえ、ドードーに生き延びる道はなかったのでしょうか。時代とともに消え去る運命が約束された種もいるのだ――と切り捨ててしまうのは、さすがに傲慢が過ぎるという気がします。
とうとうドードーが言うんだ、「みんなの勝ちである、全員にほうびをさずけねば。」
「でも、ごほうびをあたえる役はだれが?」と、みんなの口がそろう。
「ふむ、むろん、あの子よ。」とドードーはアリスを指さしてね、するとやってた連中がわーっとまわりにむらがってきて、もう口々にわめくんだ、「ごほうび! ごほうび!」
アリスはどうしてよいやらさっぱりで、しょうがないからポケットに手をつっこんで、ドライフルーツの箱を取り出してね(うまいこと塩水は中に入ってなくて)、ごほうびにまわりへわたしていったんだ。ぐるりのみんなにきっちりひとりひとつずつ。
「でもあの子にもごほうびをやらねえとな。」とネズミ。
「むろん、」とドードーの答えはやっぱり大げさ。「まだ何かそなたのポケットにはあろう?」と続けてアリスを見る。
「指ぬきだけです。」と悲しげなアリス。
「こっちへかしなされ。」とドードー。
で、みんなはふたたびまわりに集まって、そんななかでドードーはぎょうぎょうしく指ぬきをさしだして、こんな言葉。「この見事なる指ぬきをわれらからあなたさまに進ぜよう。」と、この短い式典が終わると、その場のみんながぱちぱちわあわあ。
(ルイス・キャロル著/大久保ゆう訳『アリスは不思議の国で』青空文庫/2015年)
無惨な絶滅の運命に見舞われたドードーですが、ルイス・キャロルが描いたその姿は、神秘性も厳かさも哀愁もみじんも感じさせず、それどころか調子のよい出しゃばりといった風体です。儚さとはほど遠く、永遠に生きるかのような図太ささえ感じさせるユーモラスなキャラクターで、出番は少ないにも関わらず作中ひときわ存在感を放っていました。そんなドードー、実はルイス・キャロルが自身の姿を諷刺したキャラクターなのです。博物館でドードー鳥の骨格標本を目にしたキャロルは、自分の名を名乗るにも「ドォ、ドォ、ドジソン(キャロルの本名)」と吃音の症状が出るゆえに、その類音ともいえるドードーには格別の親しみを抱いたといいます。『アリス』人気でその名を高めたドードー。キャロルが創り上げた絶妙なキャラクターが大きく一役買っていることは否定できないでしょう。その名が多くの人の記憶に刻まれたことが、何かの報いになるとでもいうかのような発想自体もまた、一種の傲慢といえるのかもしれませんが……。
『千夜一夜物語』の『船乗りシンドバッドの物語』に登場する怪鳥ロック、象(ヒナの餌となる)さえ軽々運ぶこの巨鳥のモデルは、マダガスカル島の固有種エピオルニスとする説が有力です。その大きさでダチョウを遥かにしのぐ地上性鳥類エピオルニスは17世紀ごろまで生息していたそうですが、その鳥が8〜9世紀の王朝時代のイスラムの説話に描かれるとは、時空を超えた創作世界の広大さにあらためて感嘆せずにいられません。そしてエピオルニスの時代よりももっともっと昔、中生代に地球上を闊歩した恐竜たちを描いた作品もあります。シャーロキアンたちが陶酔する伝説の探偵小説『シャーロック・ホームズ』を著したアーサー・コナン・ドイルには、もう一作、黙過できない『失われた世界』という小説があります。アマゾンの奥地に絶滅したはずの恐竜たちが生き残っていたという設定のこの物語は、ベストセラー作家マイケル・クライトンに『ジュラシック・パーク』の着想を与えた伝説の冒険小説です。
草食の大型カイギュウ・ステラー、すべての家畜牛の祖先である野生牛オーロックス、史上最大の地上性鳥類ジャイアントモア、シマウマのようなロバのような姿のクアッガ、ライオンの最大種ケープライオンとバーバリーライオン、メガネウに、オキナワオオコウモリ、オガサワラカラスバト……。絶滅した動物たちは数限りありませんが、彼らはいずれもどこか桁外れの姿形や習性をもって現代の私たちを未知の世界へといざないます。血肉を具えて生きていたいまは亡き動物たち。あなたがいつの日か本を出版したいと夢を抱くなら、彼らの在りし日に思いを馳せることでインスパイアされる「何か」があると信じましょう。物語を書き終えるころになるとハッと気づくはずです。遠い昔の時間をいまへと繋ぐ彼らこそは、「ホモ・サピエンス」の想像力の限界を証明する存在であるということを。それを地球上から消滅させた罪の大きさとともに……。
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