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冒険家やら海賊やら山師やらの、クセの強い暴れん坊どもが七つの海を股にかけ跳梁跋扈した時代がありました。すなわち大航海時代。実は絵本界にも、そろそろそんな時代が来るかもしれません。従来の“絵本らしさ”の枠外の、しかも思わぬ方向へと確信犯的に飛び出ていく絵本が台頭してきているのです。命名するとすれば「マニアック絵本時代」。……なに、疑わしい? いやいや、そんなことはないです。子ども向けのジャンルだからと、硬直した考えで常識や既存のスタイルに囚われていては進歩も発展もありません。世はマニアやオタクで花盛りなのに、子どもだから……絵本だから……と、蚊帳の外に置くのは腑に落ちません。子ども界にも絵本界にも、確実にマニアなウェーブは押し寄せています。せっかくならこれに恐る恐る乗るのではなく、我先にとビッグウェーブを巻き起こす心意気で、真にマニアックな絵本を描いてみようではありませんか。
マニアックといったって、難しく考えなくてよいのです。まだ誰も手をつけていないブルーオーシャンの分野を探し当て、そこでの第一人者(つまりマニア)を志す必要もなければ、斬新なマニアアイテムなどを目を皿にして探す必要もありません。思い浮かべるべきは、素の自分の心を見つめたときポッと湧いて出る、好きなもの、興味を寄せているもの、ああ、これは譲れないかも――とこだわりを感じられるもの。それらについて、好き放題にとことん追求するつもりで臨めばいいのです。決まった形式やセオリーなどないのだから、いくら横道に逸れようが、どれほど些細なレア知識であろうと、鼻歌でも歌いながら自由に描いていけばよいのです。
マニアックな精神が嵩じて本をつくる。そのひとつの方向性として「図鑑」が挙げられます。図鑑とは、ひとつのテーマ、ひとつのアイテムの“種類”を徹底的に紹介するもの。一般的にはアカデミックなテーマが軸となりますが、もちろん一般的な図鑑の単なる絵本版になってはつまりません。今回はむしろ“それ以外”のテーマを考えていこうという話なのです。そこにはぜひ、このジャンルなら一家言あるという、絵本作家になりたいあなたならではの珍妙……いえ、独創的な視点をこれでもかとねじ込んでいってほしいのです。
オレのおじさん、おっちょこちょい
たまに、おおきなまちがいをして
サーフボードにかみつくけれど
ホントにホントにごめんなさい
ドゥードゥ ドゥードゥ
(藤田敦子・仲谷一宏・百科編集部・ずかんくん著『ラララさめのくに』/さかだちブックス/2017年)
ホホジロザメのジレンマをラップまがいのリズムで歌う『ラララさめのくに』は、サメ図鑑絵本です。魚類図鑑ではない、サメ愛に満ちたオンリー・サメ図鑑です。「メジロザメのなかまの“へその緒”子育て」など、サメ界の知られざる知識を満載する本書は、ユーモラスでちょっぴり怖い、マニアックな図鑑絵本の代表格といえるでしょう。『ラララさめのくに』というタイトルからして、好奇心の赴くままに本を制作するマニアのハッピーな喜びが伝わってくるではありませんか。
一方、マニアックな素材が盛りだくさんなテーマといえば、これはもう「伝統」に尽きます。子どもたちが日本という国について教養土壌を耕すうえで、もってこいのテーマでもあります。たとえば、『十二支のお節料理』(川端誠/BL出版/1999年)は、十二支の動物たちがそれぞれ役割分担してお節料理づくりに精を出し、伝統様式に則った折り目正しい正月を迎えるという話です。歌舞伎の歴史を旅する『夢の江戸歌舞伎』(服部幸雄:文・一ノ関圭:絵/岩波書店/2001年)という絵本もあります。舞台という一夜の夢に熱狂する民衆。江戸文化を彩る絢爛たる歌舞伎の世界に目を釘付けにする子どもはきっといるはず。煩雑で緻密な仕組みをもつ「伝統」は、まごうことなきマニアな分野。子どもに歌舞伎や茶道なんて……と端から懐疑的であっては、マニアックな一歩など踏み出せないのです。
そして最後は、永久に「マニア」の看板を掴んで離しそうもないジャンル「機械」。『きかいのなかみ』(稲見辰夫:文・勝又進:絵/福音館書店/1997年)は、200以上ものアイテムを挙げ、機械の中身を図解し、動力の仕組みや、発明・発展の歴史などを解説した絵本です。まるで機械科向けのやさしい教科書のようですが、これで小学校初級向けというのだから、マニアック絵本のジャンルは本気も本気、子どもをナメてなどいないのです。ガリレオの望遠鏡にフルトンの蒸気船。マニアックな知識に触れるところから、子どもの世界は限りない広がりを見せていくのかもしれません。
マニアの世界は自由かつ広大でもあるから、図鑑や専門分野に囚われる必要もありません。たとえば、パン好きであれば「パン」を徹底的かつ好き勝手に描けばよいのだし、カエルに興味をもっているなら、生態云々なんぞうっちゃり、横顔を眺めたり裏返したり、フォトジェニックなカエルを発見する切り口で取り上げたっておもしろいものです。徹底的な「だらけ」で攻める考え方だってあります。『ねこだらけ』(あきびんご/くもん出版/2015年)はひたすら猫だけ並んでいるし、『てんてんてん』(わかやましずこ/福音館書店/1998年)は虫だらけ。“こだわり”の方向は四方八方自由なのです。
マニアックな絵本世界とは思いのほか拓けているもの。当たり前の中途半端な知識など、愛と情熱に溢れたマニアック絵本の押し出しの前にはたちまち色褪せます。絵本を書きたいあなた、創作意欲に湧くその胸に刻みましょう。子ども向けジャンル作品だって、これからはオリジナルな発想力を養い、個性や異色性を考える時代が来ているのは間違いありません。時代がそれを求めているのです。「マニアック」は、そうした時代の転換期の確かなひとつのキーワードといえるでしょう。ここにひとつ、クセの強い暴れん坊な作品をあなたも生み落してみてはいかがでしょうか。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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