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近年しばしば耳にするようになった「絶対王者」という言葉があります。庶民にとって胸のすくような言葉ですが、ある競技やゲームにおける圧倒的な強者という意味合いを考えれば、この場合の「王者」とは、正確には「キング」より「チャンピオン」の意味が正確なところでしょう。しかしただ強いわけではない、他を寄せつけないぐらいに――というニュアンスをより強めるために、「王者」という言葉をもち出してきているわけです。
「チャンピオン」とは先述のとおり、さまざまなジャンルのトーナメントやマッチゲームを制した者に与えられる称号です。いっぽうの「キング」は元来、国や部族に君臨する者を指します。国王といっても、内外問わず歴史を見れば、弱い王、威厳のない王、王の力量のない王、いないほうがマシな王……と見かけ倒しの王がゴロゴロおり、実力で“王座”を勝ち取ったチャンピオンとでは雲泥の差があるケースも少なくないようです。そりゃそうです。たとえ幼いころから帝王学でみっちり仕込まれていようと、世襲で戴冠することになった王に、真の実力が備わっているかというと話は別なのです。けれど、雲の上の存在である王という立場にあって、文字どおり絶対的な王として君臨した王のなかの王だってちゃんといるのです。
絶対的な王といえば、神々の王、唯一神のゼウスがまず挙げられますが、漫画家・萩尾望都が自作漫画のタイトルで「残酷な神が支配する」と暗喩したように、ギリシア神話で描かれる神とは、一般通念的な良識、倫理、道徳を露ほどためらわずに踏みにじる残酷さをもち合わせているものです。それはそれで興味深い分野ではありますが、今回の話の筋とは逸れてしまいます。歴史上実存した王に目を向ければいいわけですが、歴史書を漁りその実像を知ることは、もとより研究者にだって困難を極めます。……と、ここで登場するのが、そう、作家という職業人なのです。彼らこそが王のリアルな横顔を、一種の創作性をもって一般読者に翻訳してくれるのです。史実に基づき描かれた王たちが、無二の王として鮮烈な存在感を示す伝説や小説の世界。歴史作家の創造性とノンフィクションがマリアージュする舞台で采配を振る王たちは、高貴なヒーローにほかなりません。たとえ歴史小説家を目指そうというわけでなくとも、そのキャラクターの造形、存在性に、どのような法則があるのかを知ることは、ものを書くすべての人間とって重要です。
光がラムセスをつつみこみ、ラムセスの身体を太陽に輝く黄金のように光らせた。ラーの息子、ラムセスは太陽の力を手中に収め、呆然とたたずむ敵に向かっていった。
(クリスチャン・ジャック著・山田浩之訳『太陽の王 ラムセス』角川書店/1997年)
エジプト王朝3千年の歴史のなかで、もっとも偉大であった王として名が挙がるのはラムセス2世です。紀元前13世紀、新王国第19王朝のファラオ(王・君主)です。在位67年という長さを誇ったラムセス2世は、エジプトにかつてない平和と繁栄をもたらし、世界遺産として現存する数々の歴史的遺物を建造した活力と創意に富んだ王です。その功績が王たる像に輝かしい威光を与えているのは間違いありません。そんな尊い輝きを「ラムセス(太陽神によって生まれたという意味)」の名のとおりにまとったラムセス2世は、エジプト史上最大のファラオと呼べるでしょう。作家でエジプト学者のクリスチャン・ジャックは、そんなラムセスを、全能なる者の加護を受けた王と捉えました。歴史的なカデシュの闘いで獅子奮迅の働きをしたラムセス2世の姿を彼は、“人間以上神未満”の存在として描いたのでした。
王のなかの王といえば、アレクサンドロス大王(アレクサンドロス3世)も挙げないわけにはいきません。紀元前4世紀、20歳でマケドニア王位を継ぎ、30歳で一大世界帝国を築きあげ、32歳で熱病のため急死した疾風怒濤のその生涯。悠久の歴史の彼方から、いまだにアレクサンドロスは多様で複雑な王のイメージを轟かせてきます。オリエント遠征によって、世界史に多大な影響をもたらし、新たな文化の礎をつくり上げた功績は計り知れません。偉大な王、比類なき英雄、天才的な将軍。いっぽうで、情け容赦のない征服者であるともいわれるアレクサンドロスです。
アレクサンドロスには人知の及びもつかない何かがある。わずか三二年と一一カ月、疾風怒濤の生涯で、その勢力と才覚は底知れず、およそ人間のもつ可能性を極限まで展開させた。
(森谷公俊『興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話』講談社/2016年)
アレクサンドロス大王を、既存のものさしで測ることはできないでしょう。上掲の出典の筆者・森谷の言葉を借りるなら、まさしく「アレクサンドロスという人物自体が、言わば未知の小宇宙」なのです。
伝説か実在か、いまなお論議がつづけられる謎多き古代ブリトン人の王アーサーが、映画・小説・詩・童話・絵本・ドラマ・漫画・ゲーム……と、ありとあらゆるジャンルで主役とされてきたのは注目に値します。アーサー王は、そもそもは民間伝承に登場した古代の王であり、歴史書『ブリタニア列王史』に書かれたことで一般人気を獲得し、そこから数々のバリエーションが生まれて、聖杯や円卓の騎士といった伝説がファンタジーと結びつきました。一時忘れられた時期もありますが、実に800年以上に亘って語り継がれた王なのです。アーサー王の実在性について疑問がもたれたのも、『ブリタニア列王史』に取り上げられたことで具体的な歴史の検証がなされたからでした。いまでは、“実在しない”とする説が有力のようですが、では、実在性のない王が、これほどのカリスマ性をもってメディアや創作の世界に君臨するのはなぜなのでしょう。ひょっとすると、実在性がないゆえ――なのでしょうか。
アーサー王は、ひと言でいえば騎士道を体現する王です。強さ、優しさ、勇気、慈悲の心、高潔――騎士道精神を貫くことは生身には難しいものです。たとえば、スコットランドを独立に導いたロバート1世は英雄であっても、その像は生々しく光と影を帯びていて、陰日向のない英雄として、詩で詠われたり物語で活躍したりするには少々難があります。それとは逆に、アーサー王は民話伝承に登場した実在感の乏しい王だからこそ、数々の伝説を光彩のようにまとったのかもしれません。そうした偶像性に鑑みても、彼もまた王のなかの王と認定できるでしょう。
実在しないかもしれないアーサー王に限らず、ラムセス2世もアレクサンドロス大王も、庶民凡人の運命には決して現れることのない“何か”を体現し、生涯を貫いています。そんな王たちを形づくる法則が、本を書きたいあなたにとって、次世代の新しいヒーローを創りあげる強力なヒントにならないとは限りません。ここは一度、「王」にまつわる書物をひもとき、本物の「絶対王者」のオーラをとくと見つめてみようではありませんか。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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