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人と違うことを忌み嫌う日本社会の文脈では、「ユニーク」といえばすなわち「変人」。しかしグローバリズムが進み、思考停止させて「右ならえ」をやっているのは、アレ? 日本人だけ?――というように多少風向きが変わってきた昨今では、「ユニーク(unique)」は字義どおりに「比類のない」と捉えていいようになってきているのかもしれません。むしろ逆に、この「ユニーク」という語は、それを従前の意味合いで使っているのか、それとも今日的な意味合いで使っているのかで、発言者の時代的感覚を測れるひとつの基準となったと見ることもできそうです。そしてもちろん本稿では、後者の意味合いで「ユニーク」という語を扱います。
星雲の志抱く者は常に、小説家や詩人や芸術家、その他諸々のクリエイティブなジャンルであればなおのこと、ユニークたれとみずからに念じるべきです。いや、多くは充分に念じているでしょうし、ヘタしたらいわゆる「一般」と逆張り思想を貫く己を、「ユニーク」→「人とは違う」→「特別」→「選ばれた人」→「ワタシってばすごい!」という自己陶酔沼にハマっている方だっていることでしょう。そういう感覚は確かに大事です。自分が自分自身を特別視してやらなくして、いったいどこの誰が未知なる人物をスター扱いしてくれるでしょう。ただです、ただ、特にモノ書き志望者にあっては、いざ文章を書かせてみると、たちまちにユニークな姿勢が忘れ去られる不思議――。この哀しき矛盾が横たわっているのもまた事実なのです。当人にしてみれば、なにがなんでも自分の作品はユニークと信じて疑わない向きもあるようですが、悲しいかな、世間並みの問題意識やテーマに終始してしまっているケースが大半であるのが現実です。自己陶酔から放たれた感性により描かれた作品で他者をも陶酔させるためには、溢れんばかりの自己愛とともに、冷徹な批評家視点を静かな炎として魂に宿らせなければならないのです。
さて、先日書き上げた習作を冷静にもう一度見てみましょう。どうです? 昨今ありがちなネタそのまんま、ということはありませんか? どこかで読んだストーリー、憧れのあの作家の文体そっくり、なんてことは――。
もちろん、今日的なテーマや社会問題を取り上げる視点が悪いはずがありません。けれどもそこにだって、作者自身の切り口や掘り下げ方が見られないのなら、読者からすれば無料のネットニュースの社会記事や論評を見ればこと足りてしまうのです。そもそもそれ以前に、取り上げたい今日的なテーマを、まずは自分のなかで咀嚼するプロセスがあって然るべきでしょう。その結果、ちょっと待て、自分の考えはちょっと違うぞ――との気づきを得たら、はい拍手! いまこそあなたは真にユニークな作品を書く入り口に立ったといえます。
ではここで試しに、社会問題界隈でたびたび耳にするようなキーワードを挙げてみましょう。たとえば「孤独」。この言葉を目にして、あなたはまずどのような画を思い浮かべるでしょうか。たとえば「孤独死」を連想したとします。孤独死……それは痛ましくも哀れにも悲惨にも思えてきます。その直感はかなりキャッチーなので惹き込まれやすいものです。イメージされるストーリーは次々と脳内でインパクトのある展開を見せ、そうだ、現代社会では「孤独死」が問題視されている、ならばそれを小説仕立てに……とついつい書きはじめてしまいそうです。が、ちょっと待った。孤独死→悲惨→憐れむべき……の公式に早々と頷いてしまうのは、作家になりたい者としてはいささか単純に過ぎます。たしかに蓋然的にはこの公式は正しく、多くのケースに当てはまるのでしょう。でも現実にだって、この公式が必ずしも成り立つとは限らない事案が多々あるはずなのです。そこにフォーカスしようではありませんか。独居老人のなかには、独居死を哀れむ風潮に異を唱える方もいらっしゃるはず。うるせーわいと、勝手に決めつけてんじゃねえよ、自分の意志で独居し、誰にも騒がれず看取られず死んでいくことがむしろ望みなのだ――と。作家であるならば、こうしたあまり陽の当たらない社会心理の一隅にスポットライトを当て、マスメディアの論調に感情的に右ならえしていく人々の目を啓いてゆかねばならないのです。ある命題を扱うに際し、社会に満ちた既成の言説に追従してしまうことは、作家という夢を仰ぎ見る者にとって甚だ危険な態度なのです。
では、「孤独」を「愛するもの」「毅然とした姿勢」と見ることはどうでしょう。そうだそうだ、確かにそれはある! と清々しく逆張りのテーマに鞍替えすればよいでしょうか。残念ながら、そうともいいきれません。ある主張のアンチテーゼ的な答えにやすやすと乗っかってしまうこともかなりの頻度でありがちで、平たくいえばワンパターンなのです。「孤高」という言葉があるように孤独を愛し尊ぶ考え方はとうに認識されており、どうしても“いまさら感”は拭えません。じゃあどうすればいいんだ、何を書けばいいんだ! とあなたは怒り出すかもしれません。確かに、どっちを向けばいいのかわからぬような、禅問答をしているようでもあります。でも、その煩悶を乗り越え、怒るより書いてください。イメージし、感じてください。「孤独」という語から、どんな世界が生まれてくるか。小説とは、論理を組み立てて出来上がるわけではありません。小説とは、もっと枠がなく自由で、ときには意味不明と映ることさえあるフィクショナル・ワールドなのですから。
私たちは、ギャングであることは相対的なものだと考えました。
私たちは、私たちの生存しているこの世界との関係の中でのみギャングであり、この世界との関係の変化だけが私たちをギャング以外に変化させるものと考えました。
(高橋源一郎著『さようなら、ギャングたち』講談社/1985年)
『さようなら、ギャングたち』は高橋源一郎のデビュー作です。作中の「ギャング」が一般的なイメージの枠組みを完全に脱した存在として描かれているように、登場人物の言動も死の概念も、現実的な意味や原則、問題意識に囚われないフィクショナル・ワールドとして浮かび上がっています。冒頭、米国大統領が爆弾で頭を吹き飛ばされるシーンがありますが、この作品世界では「凄惨」といった言葉は辞書になし。側近が駆け寄ると大統領は(おそらく絶命しているのでしょうが)、ガムを取り出して包みを開けようとするありさまで、きわめてユーモラスです。それでいてこの世界にも我が子への愛はあります。主人公がかわいがっている娘が行方不明になったときには、それこそサスペンスのワンシーンのごとく、真剣このうえなくあちこち捜しています。そう、本のページのなかまでも……。
だいたいにして登場人物には生まれもった名前すらなく、個人個人で気ままに名づけたりつけられたりしています。主人公の名前は作品中盤に差しかかってようやく、ある女性から賜りますが、これが「さようなら、ギャングたち」で、ギャングにさようならということに何か意味があるのか、単に主人公名をタイトルにしたのか、皆目わかりません。しかし、わからないからと頭を抱えては読み手の負けで、作品世界に入り込んで“感じる”ことの大切さを突きつけられるのです。
作品内部に「意味」を見つけ本質的な理解を得ようとすることが、小説を読むという営為のなかで果たして重要であるのか――。そんなふうにすら感じさせる“すっきりとした混沌”に満ちた世界が広がる『さようなら、ギャングたち』。高橋はこの作品を、現代詩を描くように散文的な手法で綴りました。意味不明なようでいて、ダンスホールのミラーボールのような超多面体の煌めきを見せる世界は、まさに「ユニーク」の代名詞のごとし。本作の読み味として得られる“すっきりとした混沌”は、完成された世界にのみ生まれてくるものなのです。
「ユニーク」とは、元来ほかにはない形や存在を指す言葉です。本を書きたいあなたには、あなただけの「ユニーク」があるはず。それを信じましょう。世間的な風潮や固定観念からきっぱりと離れ、あなた自身の“完成された”世界を創り上げるために、自由に、感じ、想像してみてください。そうして誕生する新たな「ユニーク」は、きっとあなたを次なるステージへと導いてくれることでしょう。
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