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「詩人になりたい!」という気持ちは、どこから生まれてくるのでしょう。突きつめると、人間は宿命的に煩悩と鬱屈を抱えた生き物であり、それを「誰かに理解してもらいたい!」という本能的願望があり、そして、話し言葉よりも書き言葉に信頼を置く性情がある、というところに関係しているのかもしれません。
萩原朔太郎。
日本人で人口に膾炙した詩人として、その筆頭に挙げられるひとりです。そしていうなれば、この「煩悩と鬱屈」に苦悶した心の内を、最も鋭利で鮮烈な詩語として表現したのが朔太郎ではないかと思います。彼はいくつか詩論を著していますが、“詩作”については、詩集の序において、より短くわかりやすく語られています。
詩の表現の目的は単に情調のための情調を表現することではない。幻覚のための幻覚を描くことでもない。同時にまたある種の思想を宣伝演繹することのためでもない。詩の本来の目的は寧ろそれらの者を通じて、人心の内部に顫動する所の感情そのものの本質を凝視し、かつ感情をさかんに流露させることである。
(萩原朔太郎『月に吠える』角川書店/1999年)
詩人・萩原朔太郎は、新しい口語自由詩の形を示し「日本近代詩の父」と呼ばれますが、彼の人物像には、“父”という言葉がイメージさせる頼もしさや包容性はあまり感じられません。むしろ、己の孤独感や弱さに対峙しながら、詩作に心魂を傾けつづけついに殉じた、孤高の異邦人のような相貌を見いだします。朔太郎の半生は、失意と絶望の暗い色に塗りこめられているといっても過言ではないでしょう。その人一倍無残な「煩悩と鬱屈」が、詩人としての天才の目覚めとともに表出し形になったのが、第一詩集『月に吠える』でした。
わが性のせんちめんたる、
あまたある手をかなしむ、
手はつねに頭上にをどり、
また胸にひかりさびしみしが、
しだいに夏おとろへ、
かへれば燕はや巣を立ち、
おほ麦はつめたくひやさる。
ああ、都をわすれ、
われすでに胡弓を弾かず、
手ははがねとなり、
いんさんとして土地を掘る。
いぢらしき感傷の手は土地を掘る。
(『感傷の手』/『月に吠える』所収)
地方の名士である医師の父は、長男の朔太郎に多大な期待を寄せました。しかし、病弱で学校の授業についていけず退校を繰り返した朔太郎は劣等感を募らせ、音楽に慰めを求めマンドリンを愛好します。けれど音楽家になるなどは、彼にとって考える贅沢さえ望めない夢でした。学業に挫折し自分の無能に苛まれた朔太郎。やがて同人に参加し、詩人としての一歩を踏み出します。『月に吠える』は、都会を去り故郷に居場所を見つけられず、わが身の劣情に苦悩した青年朔太郎の、優れて新しい形の“感情の流露”であったのです。
朔太郎の詩業は『月に吠える』で頂点を極めたという見方もあります。『青猫』の「序」には「私の情緒は、激情といふ範疇に属しない。むしろそれはしづかな霊魂のノスタルヂヤであり、かの春の夜に聴く横笛のひびきである」とありますが、その第二詩集はまるで、別世界に恋い焦がれるごとき内的風景が万華鏡のように巡るファンタジーの世界。けれどもそれは、『月に吠える』で、詩作は「幻覚のための幻覚」を描くことではないと言った自身の言葉を裏切るものでないでしょう。朔太郎は己の震えるリアルな心情を、「猫」を重要なメタファーとして幻想的な風景に描き出したのでした。
ああ このおほきな都会の夜にねむれるものは
ただ一疋の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われの求めてやまざる幸福の青い影だ。
(『青猫』/『青猫』所収/集英社/1993年)
朔太郎は確か猫を飼ったことはありません。ですが、「猫」を求めて得られぬ幸福のメタファーとしたり、自作小説『猫町』の表紙の猫の絵を自分で描くなど、「猫」が朔太郎の憧憬を誘う存在であったことは間違いないでしょう。
新しい日本語を発見しようとして、絶望的に悶え悩んだあげくの果て、 遂に古き日本語の文章語に帰ってしまった僕は、詩人としての文化的使命を廃棄したやうなものであった。
(『詩人の使命』第一書房/1937年)
文語定型詩に回帰した朔太郎の第三詩集『氷島』は失敗作、どころか、詩人萩原朔太郎崩壊の証と評した者さえいます。けれど、55歳で朔太郎が病死しなかったなら、『氷島』が、この詩人のさらなる革新を示す1冊にはならなかった、とはいえません。マンドリンに夢を描き、猫に憧れ、詩作に全霊を捧げた朔太郎の壮絶な生涯に対峙すると、詩を書くという文学的行為に身が引き締まる思いがするようです。詩人になるには、もちろん、詩作に励むこと。そして、詩とは、己の心をひたすらに深く見つめながら、感覚を研ぎ澄ませ、詩語を選んで、工夫しながら表現するもの――何よりもそのことを胸に刻みつつ、明日の詩作に臨みたいものです。
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