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「オノマトペ」――。知らない人には謎のまじないのように響くであろうこの言葉。オノマトペとは「擬音語・擬態語」の総称です。「擬音語・擬態語」といえば、ハハーンと聞き覚えのある方がほとんどでしょう。念のためおさらいしておきますと、「擬音語」は“ドンドン”“ワンワン”など「物音」や「鳴き声」などを表現した語、「擬態語」は“ヌメヌメ”“ドキドキ”など物や心の「状態」を表現した語です(わかりやすいようカタカナで書きましたが、もちろん平仮名でも)。
詩を書くにも物語を書くにも、喋るにも読むにも観るにも聞くにも、ありとあらゆるところに登場する言葉であり、赤ん坊から老人までオノマトペを用いない人はいないといってよいでしょう。もちろん創作を志す者、ことに選り抜きの言葉で詠う詩を書きたい者にとって、オノマトペはお馴染みの表現言語であるはず。しかしそんなあなたは、詩文のなかで果たして精彩あるオノマトペを放てているでしょうか。世の中には誰もが同じように口にする、いわば“手垢のついたオノマトペ”が氾濫しています。仮にも詩人になりたい者であれば、「ヘロヘロ」のような、それこそヘッロヘロに使い古されたオノマトペを用いるなどという不手際を犯していいはずがありません。
いや、オノマトペに関してはいろいろ工夫しているよ――と胸を張るあなたが、この技法を詩のなかのごく部分的な表現手法に過ぎないと認識しているとしたら、早くも「ちょっと待った」がかかります。オノマトペと聞いて頭に浮かぶのが、「風がさわさわと吹いた 花が一斉にゆらゆらとざわめいた」などという部分活用レベルだとすれば、それはもうオノマトペの魔的な力を侮っているというほかありません。なぜなら平伏すべし、対象物の音や姿を言語化するに留まらず、オノマトペは「詩の主題」そのものにもなり得るからなのです。
中原中也は、オノマトペを重視し多用した詩人としてよく知られています。新しい言葉を創ることが詩の世界を創ることであり、「新しい言葉」は単純に考えてもよいとの持論を述べた中也。彼にとっての「単純な新しい言葉」こそが、オノマトペであったわけです。その言葉どおり、中也はわずか数語のオノマトペで深遠なる詩の世界を創り上げてみせました。
幾時代かがありまして
茶色い戦争ありました
幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして
今夜此処での一と殷盛り(ひとさかり)
今夜此処での一と殷盛り
サーカス小屋は高い梁(はり)
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒さ(あたまさかさ)に手を垂れて
汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
それの近くの白い灯が
安値い(やすい)リボンと息を吐き
観客様はみな鰯(いわし)
咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
屋外は真ッ闇(くら) 闇の闇(くらのくら)
夜は劫々(こふこふ)と更けまする
落下傘奴(らくかがさめ)のノスタルヂアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
(中原中也『サーカス』/『中原中也詩集』所収/岩波書店/1997年)
「サーカス」といっても、もちろん現代の大仕掛けで華やかな舞台とは異なります。戦後間もない時代、娯楽の灯がようやく細々と庶民に届けられるようになり、人々は組み立て式のテントに胸を躍らせて集ってきたことでしょう。仄暗いライトが灯る舞台。「見えるともないブランコ」の揺れる音ともとれる「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」のオノマトペは、ゆったりとして、幼児的でありながら、それでいて不安な慄きさえも感じさせます。サーカス小屋を訪れる人々の生活の裏には、恐れも苦しさもあったことでしょう。戦争の記憶はまだ生々しく、夜は闇深かった――。そうした生活の実感に、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」の音は、あちらこちらに谺(こだま)して響き合うかのように重なっていくのでした。
「蛙の詩人」と異名をもち、蛙の鳴き声を「ぐりりあにぐりりあに」など独特のオノマトペで表現したのは、昭和を代表する詩人のひとり、草野心平です。彼はまた、オノマトペによって遥かなる「時」を繋ぎ合わせてみせました。
遠い深い重たい底から
暗い見えない涯のない過去から
づづづづ わーる
づづづん づわーる
ぐんうん うわーる
黒い海はとどろきつづける
黒のなかに鉛色の波がうまれ。
鉛色のたてがみをしぶかせて波はくずれ。
しめつぽい渚に腹ばつてくる。
鉛の波は向うにも生まれ。
そして黒汁色に呑まれてしまう。
けれどもまた現われて押よせてくる。
づづづづ わーる
づづづん づわーる
ぐんうん うわーる
こんな夜更けの今頃だろう。
マンモスたちが歩いていたのは。
かびたアンコロ餅のような匂いをはなち。
みんな並んで。
ずるるぬるり。
大きな饅頭型の足跡をのこし。
腹は充ち足り。
幸福そのもののように歩いていた。
(後略)
(草野心平『夜の海』/『マンモスの牙』所収/思潮社/1966年)
夜の海の底から生まれてくる波の轟きが、いつしか遠い時間を越えて、マンモスが地を揺らす響きに変わっていく――。海辺の風景は太古の風景と二重写しになって、混じり気のない自然の音は原始の響きとなんら変わりはないのだ、と教えてくれます。「づづづづ わーる…」のオノマトペは、まさしくこの詩の主題と切っても切れない表現言語といえるでしょう。
朝のつめたい臥床(がしょう)の中で
私のたましひは羽ばたきする。
この雨戸の隙間からみれば
よもの景色はあかるくかがやいてゐるやうです。
されどもしののめきたるまへ
私の臥床にしのびこむひとつの憂愁。
けぶれる木木の梢をこえ
遠い田舍の自然から呼びあげる鷄のこゑです
とをてくう とをるもう とをるもう。
(中略)
しののめきたるまへ
私の心は墓場のかげをさまよひあるく。
ああ なにものか私をよぶ苦しきひとつの焦燥
このうすい紅いろの空氣にはたへられない
戀びと(こいびと)よ
母上よ
早くきてともしびの光を消してよ
私はきく 遠い地角のはてを吹く大風のひびきを。
とをてくう とをるもう とをるもう。
(萩原朔太郎『鷄』/『青猫』所収/集英社/1993年)
萩原朔太郎も、オノマトペを詩作に重用した詩人です。オノマトペとは聴く人による主観的な音であり、どのようにも表現できる、だからこそ、音楽的効果を主とする詩の表現では主題と密接な主想語にもなる、と論じたのです。『鷄』で彼は、日本語では「コケコッコー」、英語なら「クックドゥードゥルドゥー(cock-a-doodle-doo)」と表現するのが一般的なニワトリの鳴き声を、「とをてくう とをるもう」と表現しました。ひたむきで繊細な震えを帯びたこのオノマトペは、病の床から求めて届かない母や恋人の声に通じる音響的な主題とされたのでした。
余談ですが、朔太郎自身の解説によると、「とをてくう とをるもう」ははじめ「too-te-kur too-ru-mor」という英語の音(おん)を考えたといいます。また、中原中也の友人の大岡昇平によると、中也は好んで『サーカス』を朗読したそうなのですが、そんなとき彼は「ゆあーん ゆよーん…」のオノマトペを口を突き出して独特に唄ってみせたということです。こうした逸話からは、名だたる詩人たちが、いかに詩における「音」の表現を重視し、そこに執拗なまでのこだわりをもち、独創的なオノマトペを生みだそうと腐心したかが窺い知れるでしょう。
萩原朔太郎には、猫の鳴き声として「おぎやあ おわああ」のオノマトペを当てた詩もありますが、詩を書く者、作家になりたいと志す者であれば、猫を「ニャア」「ミャア」などとは鳴かすなかれ。祭り太鼓を「どんどん」と鳴らすなかれ。雨を「しとしと」「ざあざあ」などとゆめ降らすなかれ。むしろそれら既存のオノマトペを疑うこと。早世した詩人はいいました。
詩を創るということは新しい言葉を創るということ。
簡潔で力強いその言葉こそが、一篇の詩のなかで未来永劫高らかに鳴り響く「オノマトペ」の正体を表しています。
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