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絵本作家になりたいとお考えの皆さま。――と、まあそこまで特段に強い決意など伴わなくとも、ご自身のお子さまに読み聞かせる際、毎回同じでは退屈だからと少々のアレンジを加えてみたところ、存外なリアクションを得られたりしようものなら、「絵本作家ね……」とチラとよぎる親御さんがいても不思議なことではありません。実際、絵本の原案原作を募集するコンクールやコンテストは多数見られ、絵本を取り巻くシーンは活況を見せています。ただこの絵本、いざ「書く側」になるとたいていの方が身構えてしまいがちなのです。
あなたはどうでしょう? 絵本とは、“情操教育”とか“親子のコミュニケーション”とか“想像力を養う”とか、そうしたことのために親が与えるもの、という考えに取りつかれてはいませんか。ひょっとするとそれは、創作する立場の人間として、誤ったとはいわないまでも、大きな心得違いかもしれませんよ。なぜかって? だって、絵本を通して子どもたちに教えることなど、もともとたいしてないのです。道徳的な話や倫理的な話だって悪くはありませんが、そうした観念はさまざまな生活体験のなかで充分養われていくものです。であれば、いざ絵本を描こうというとき、思いきってスタンスを変えてみるのも一考ではないでしょうか。絵本界に新風が吹き込んでいるいま、絵本を制作するということは、いわば子どもたちへの挑戦です。絵本が本来あるべきは、子どもたちが目にしたことのない自由な姿。それを制作する営みとはすなわち、そォれ見たか、驚いたか、おもしろいだろう! と、子どもの無垢で躍動的な心に鮮やかなインパクトを与えることにほかなりません。
絵本作家になりたいと志しを掲げるあなた。あなたはもしかすると、絵本の主役は“愛らしさ”や“癒し”の雰囲気をもっていなければならない、なんて信じ込んではいませんか。考えてみてください。世間には、絵本界出身の有名キャラクターはもとより、ご当地ゆるキャラやら実写動物キャラやら、かわいさや癒しムードで競うキャラクターがひしめいており、「かわいいキャラクター造形」は超激戦必至の分の悪い種目といわざるを得ません。そうとなったら、ここはひとつ角度を変えて新たなキャラクターの創造に挑戦してみるべきでは? ――たとえば、「ちくわ」です。
びゅうびゅうと くちぶえを ふきながら
あるいているのは ちくわのわーさんでした。
(岡田よしたか『ちくわのわーさん』ブロンズ新社/2011年)
「どこかへ急いでいるようですが、あちらこちらへ寄り道ばかり。おひるねしたり、こいのぼりになってみたり、巻きずしさんの服を着てみたり……。わーさん、夕方までに無事目的地へたどりつけるのでしょうか」なんてほのぼのムードのコピーで紹介されていますが、そうはいうても「わーさん」ちくわですからね、「竹輪」。念のため付け加えますと、絵本の主役だというのに、目も鼻も付けられていないプレーンな状態のちくわです。その散歩風景ときたら、シュールというか、日常的で温かな幸福感とは程遠く、大きな事件こそないものの、見てはいけない世界を垣間見てしまったような禁断の味わいに満ちています。思うに子どもといえども、ギリギリの境界線上で展開される魔の魅力には抗しきれないようです。ちなみに作者の岡田氏は「うどんのうーやん」「こんぶのぶーさん」といった特異キャラクターも創出しています。絵本作家を志す者が見習うべきは、「うどんのどんちゃん」を描いて氏の二番煎じに走ることではなく、新奇なキャラクターを愛で、これでもかと真剣に描き込むその「斬新な発想と感覚」になるでしょう。
あえて先に質問してしまいます。絵本にストーリーは必要でしょうか?
とまあ、わざわざ当たり前らしいことを訊くとなれば、答えはおのずと察しがつくというものですが、そのとおり、絵本は必ずしも筋道だった流れを必要とはしません。ストーリーがあってもなくても、要はおもしろければよいし、理解されればよいわけですが、この成否をストレートに伝えてくれる読者こそ、先入観も固定観念ももたない子どもたち。原稿用紙100枚の作品は書けないけれど、単発で100個の企画やアイデアなら出てきそうだ――という方が腕を振るうべくは、絵本・童話ジャンルが好適といえましょう。
『100ぴきのいぬ 100のなまえ』(チンルン・リー作/きたやまようこ訳/フレーベル館/2002年)は、台湾生まれの犬好きの著者が描いた犬だらけの絵本です。1匹よりも100匹、犬たちに囲まれた生活は愛がいっぱい! とのメッセージを発しているのですが、その伝え方は一風ユニーク、ひたすら犬の名前とその姿を綴っていくだけなのです。「マフィン/マシュマロ/マロン/マコロン」とここまではウンウンなるほどという感じですが、さらに「ぼんやり/ズボン/いつも/ちゃんと」といった犬たちが登場するにおよんで、「ぼんやり」とはいったい……と目を凝らせば、全身で「ぼんやり」を表現する犬の姿が描かれていて思わずニンマリしてしまいます。そしてラスト、100匹の犬がそろって主人公のもとに押し寄せてくるシーンは圧巻。ひたすら犬の名前を紹介しただけのこの作品は、大きな大きな愛(とユニークなネーミング発想法)を、論理ではなく感性に訴える説得力をもって教えてくれるのです。
あるひ がっこうから かえってくると……
テーブルの うえに りんごがおいてあった。
……でも……もしかしたら
これは りんごじゃないのかもしれない。
(ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』ブロンズ新社/2013年)
目に映るものをそのままに捉えるだけでは、クリエイティブ活動の多くが何も進展せずに終わってしまうというもの。いや、もっと正確にいえば、クリエイティビティの核心とは、世の中を落ち着かせている蓋然性を覆し踏みつけ粉々に破壊してしまうこと、あるいはその可能性を示唆することにあるはず。りんごを「あ、りんごだ!」では創造性は1ミリも感じられません。テーブルの上にあるのは明らかに「りんご」、でも本当に普通のりんご? りんごと見えて実はほかの“何か”であるかもしれない……と、『りんごかもしれない』の主人公の少年はさまざまに想像を巡らせます。万華鏡のように多彩な想像風景こそ、この作品の読みどころ。さらに注目したいのは上の引用部のあと、いやこれはやはりりんごだろうと考えるくだりです。りんごはりんごだけど、もしかしたらすごい能力を秘めたりんごかもしれない……と少年はイメージを広げていくのです。
そだてると おおきないえに なるのかもしれない。
かべを たべて へやのなかを すきなかたちに できるのかもしれない。
(同上)
ひとたび想像力の翼が飛翔をはじめたら、そこはもはや大空同然に広大無辺の世界。その世界はいつしか哲学的な深みさえ湛えていくのだと、絵本界の鬼才は教えてくれます。
さて、最後にご紹介するのは、一般的な絵本たちの住処を私たちと同じ星・地球とするなら、成層圏をただひとり怒涛の勢いで突っ切っていく一冊の絵本です。そのタイトルは『大地の主のものがたり』。スケールの大きさ、神のごとき荘厳な存在性を感じさせるタイトルのもと描かれた物語の主役は、誰あろう、「みみず」です。
まっとうなみみずには、頭と腹としっぽがあるものである。
しっぽのないみみずはけがをしやすい。
しっぽだけのみみずはおもしろみにかける。
(ジャネット&アラン・アルバーグ作/佐野洋子訳『大地の主のものがたり』文化出版局/1995年)
世間一般の常識や知識を断固として拒むこの作品にあっては、「まさおちゃん、みみずにはしっぽなんてないのよ」なんて慌ててフォローする母親は嘲笑される邪魔者でしかありません。嘘でも偽りでもなくこの作品が描いているのは、頭としっぽと腹のあるみみずが主(ぬし)として君臨する世界なのですから。主として君臨している割には、みみずたちの姿は思いきり威厳に欠け、見るからにまぬけそうと陰口を叩かれても仕方ないところさえあります。しかし、そんなまぬけなキャラぶりに幻惑されるのは愚かな人間だけであった、と読者は思い知ることになります。何しろゆるい見かけとは裏腹に、彼らは神同然の不滅の存在なのです。
エジプトみみず―すなわち砂みみず―は、ピラミッドの建設を見守っていた。
中国みみずは、万里の長城の建設の一部始終を見ていた。
(同上)
「エジプトみみず」の別名「砂みみず」まで紹介する念の入りよう! 難度の高い漢字はもとより、「すなわち」「一部始終」といった、子どもの読み物としてはふさわしからぬ語を平気で使ってしまう意識の高さ! そのほかにも、みみずが戦時中極秘メッセージを運んで大活躍したエピソードなどが描かれていて、ともかくもう 脱帽するほかありません。しかしそれは決して、絵本創作のセオリーを無視した傍若無人な姿勢に対して、という意味ではありません。こんなに自由にやりたい放題なのに、この絵本は子どもを楽しませることができる――その一事に脱帽、拍手喝采するのです。
こうした、常識や従来の作法(さくほう)に囚われない絵本作品に見習うべきは、揺るぎない独壇場的な世界観であって、これこそは手法的・感覚的オリジナリティの賜物と考えます。子どもは確かに大人ほどの知識はもち合わせていません。でも、大人たちが想像もし得ないほどの、柔軟で限りない成長の可能性を秘めた頭脳と感性を具えているものです。絵本・童話作家になりたい、絵本を出したい作りたいと願うあなたは、彼ら子どもの感覚に挑戦する気持ちで、ぜひ大胆に勇敢に創作の新たな地平を切り拓いていってください。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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