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皆さまご存じのとおり、日本には昔から七五調の韻文がありますが、いろいろ端折っていうなら、ともかく日本の詩芸術はそこから発展していったわけです。韻文の「韻」が“音”や“響き”の意をもつことからも察せられるように、「詩」には言葉より先にまず「音」があります。“韻を踏む”とよくいわれますが、これは同韻の文字・語を詩句の特定の場所に置くこと。「花咲く森で泣く」「じっと見て寝て起きて」といった具合ですね。「韻を踏むこと」は「押韻」ともいって、頭と末尾で韻を踏む「頭韻」「脚韻」があります(分類すればほかにもいろいろ)。
この押韻、もともとがヨーロッパで生まれた詩作技法で、日本では本来和語には適さないところを強引に用いた経緯もあります。……が、でも、でもですよ! なんといっても「詩」にはまず「音」があるというのは古今東西変わらぬ理なのですから、ヨーロッパ産の「押韻」であろうとなんであろうと、大和魂にかけて使いこなさないわけにはいきません。というわけで、今回は「音」で詩を書くお話です。
明治時代、ヨーロッパの詩から影響を受け、押韻などの技法を取り入れた「新体詩」が生まれました。しかしながら、漢詩の形から逃れられない詩様式にはおのずと限界があったようです。和語による押韻詩をいかにつくりあげるか、詩人たちはさまざまに試み、評価されたりされなかったり、手探りの模索期がつづきます。そんな日本で、1917年(大正6年)、まぎれもない「MADE IN JAPAN」の血肉を具えた押韻詩が出現します。
かたき地面に竹が生え、
地上にするどく竹が生え、
まつしぐらに竹が生え、
凍れる節節りんりんと、
青空のもとに竹が生え、
竹、竹、竹が生え。
(後略)
(萩原朔太郎『竹』/『月に吠える』所収/角川書店/1999年)
萩原朔太郎は、第一詩集『月に吠える』で日本的な震えるロマンチシズムを歌いあげました。この国の風土を思わせる陰翳があり、青青しい未熟な性の渇望があり、脚韻で連ねた詩語が胸に刺さる詩、『竹』――。結果的に『月に吠える』は、日本の詩文学史上のひとつの到達点を示す詩集となりましたが、当時の詩壇の反応は色とりどりでおしろいものであったようです。激賞する人もいれば、アナクロ詩人たちの悔しまぎれな黙殺も横行したとか……。それはそれで、朔太郎の詩の値を裏打ちする逸話といえましょう。
戦後には(実際にはじまったのは戦中)、加藤周一や中村真一郎、福永武彦らがマチネ・ポエティクという運動を繰り広げました。日本語によるソネット(ヨーロッパの14行定型詩)などの定型押韻詩の可能性を追求し、「音」で詩を書くことをさまざまに試みた運動です。
谷また丘のうえ高く漂う雲のごと、
われひとりさ迷い行けば、
折りしも見出でたる一群の
黄金(こがね)色に輝く水仙の花、
湖のほとり、木立の下に、
微風に翻りつつ、はた、踊りつつ。
I wander'd lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees
Fluttering and dancing in the breeze.
(後略)
(ウィリアム・ワーズワース著・田部重治訳『黄水仙』/『ワーズワース詩集』所収/岩波書店/1966年)
雨が降つてる 戸をたゝく
風もどうやら出たらしい
火鉢につぎ足す炭もない
今晩ばかりは金もなく
食べるものさへ見当らない
飢えと寒さのていたらく
雨が降つてる 戸をたゝく
風もどうやら出たらしい
(後略)
(加藤周一『雨と風』/『マチネ・ポエティク詩集』所収/水声社/2014年)
本家ソネットの代表的詩人のひとりワーズワースの詩とともに、マチネ・ポエティクによる一篇加藤周一『雨と風』を並べてみました。日本語の「音」で押韻詩を書くことの難しさがじかに伝わってくる一作です――と評したら酷でしょうか。しかし帰するところ、マチネ・ポエティクという文学運動も、のちに飯島耕一(詩人・評論家)が主張した押韻定型詩を巡る論争も、後世に残る一派をつくることなく時の経過とともに忘れ去られていくのです。
定型押韻詩の形式に囚われず、それどころか詩を書くという意識からも離れて、日本語の「音」の回復に挑戦したのは谷川俊太郎でした。谷川は日本の現代詩があまりに意味重視に偏っている風潮に疑問をもち、まさしく職人的な意識をもって、「音」を組み立て、意匠を作り上げるように言葉を編んだのでした。
かっぱかっぱらった
かっぱらっぱかっぱらった
とってちってた
かっぱなっぱかった
かっぱなっぱいっぱかった
かってきってくった
(谷川俊太郎『かっぱ』/『ことばあそびうた』所収/福音館書店/1973年)
一見駄洒落のようでいて、その「音」を声に出し読んでみると、安易な構造とはかけ離れた濃密さをもっていることに気づきます。詩文としてちゃんとした意味をなしていることは当然ですが、日本的な情緒を伴って浮かんでくるユーモラスな詩の風景は、しみじみと味わい深く、“音で書く日本の詩”がみごとにひとつの形に表された印象があります。しかしそんな谷川俊太郎ですら、いや、“だから”なのか、定型詩のなかに日本語音を収めようとはしませんでした。果たして日本語による押韻は、定型のなかでは生かされることはないのでしょうか。
ここにひとりの詩人がいます。押韻にこだわりつづけ、押韻による詩を発表しつづけている詩人です。数年前、彼は一冊の興味深い詩集を上梓しました。
愛とは 限りなく奪い
はたまた与えてやまぬもの
解読不可能な暗号の織物
幾層にも降り積んだ火山灰
閉ざされた窓のカーテンを焦がし
噴き出す貪愛染着の火の穂先
抑制する心に纏う衣裳の滅紫
パトスとロゴスの鬩ぎ合いを促し
祈りを捧げる内陣はほの暗く
明王がかざす破邪顕正の利剣
愛とはいわば仮初の臨死体験
鳩の堕ちて行ったあの碧落
洪水が引いた後の向こう岸に
横たえる裸身の二つの生き死に
(鈴木漠『愛染』/『遊戯論』所収/編集工房ノア/2011年)
14行のソネット。熱い宿業に突き動かされたような“愛”の姿を描く詩。口ずさんでみると、韻律のリズムのよさ、音の響きに確かに新しさを感じます。そのうちに、この詩のリズムは何かに似ているなァ、よく耳にする……と思いはじめます。そうです、ラップです。鈴木氏がラップを意図したとは考えにくいのですが、韻律に没頭し詩の世界を描き上げていく過程で、この詩は生命の切実な営みのリズムにも似た“生きた音”を獲得したのかもしれません。上の詩をライム(=韻)にのせて詠み上げると、「――の利剣」「――の臨死体験」のあたりではもはや、フリースタイルのラップバトルの情景すら目に浮かんでくる気もします。しかし鈴木氏は、そんなヒップホップシーンとはかけ離れた昭和11年生まれの御年81歳になる尊翁なのです。
詩は、頭だけで書けないのはもちろん、心の動きだけを見つめて書けるものでもありません。詩には詩句が不可欠で、詩句は音で成り立っているのです。音への意識なくしては、ぎこちない不協和音を洩らしかねません。定型詩に押韻を試みることも、言葉を自由自在に遊ぶことも、「音」の可能性を追求する挑戦です。ひょっとしてひょっとすると、五つの母音で成り立つ日本語が、思いもよらない言葉の世界を創り出さないとも限りません。明日の詩人が見る新境地とはきっと、そうした挑戦の果てに広がる平原なのでしょう。
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