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わかりそうでわからない「モチーフ」の謎を解く

2020年10月08日 【小説を書く】

あらためて問う――モチーフって何?

あの小説はね、ギリシャ神話の悲劇をモチーフに書かれたんだよ――といった話を、学校の授業や文庫本の解説で耳目に触れたことのある方は少なくないでしょう。小説だけではなく、絵画などでも、たとえば「聖書の受胎告知をモチーフに描いた傑作」といった解説はよく目にします。こうしたとき「ああ、なるほどギリシャ神話ね」などとしかつめらしく頷いて、実はあまりよくわかっていないのが「モチーフ」です。しかし小説でも絵画でも音楽でも、およそ創作・創造的な活動において、モチーフが顧みられないことはあり得ません。だから、作家になりたいと青雲の志を燃やすあなたが、モチーフを知っているようで知っておらず、曖昧なままにやり過ごしているならば、それはあまりよろしい状態とはいえません。しかし逆の見方をすれば、モチーフをしかと理解し使いこなすことで、小説でも詩でも、作品の輪郭は明確化され、その芯はビシッと揺るがぬものになると期待できるというわけです。

「モチーフ(motif)」の語発祥の地は芸術の都を擁するフランス。直訳すれば「動機・理由・主題」という意味をもち、芸術作品においては創作の着想となったおおもとの主題や素材や思想を指すものとなります。そうである以上、そもそもモチーフを欠如した創作などというのは、たったひとり漂着した絶海の孤島で根拠もなく石油を掘るくらいあてどもない話なのです。そして「主題や素材や思想」のうちでどれが最も重要かといえば、それはやはり「思想」なのです。たとえば、迷子になった犬が家に戻ってきた出来事に触発されて物語を書いたとすれば、その一節は素材としての「モチーフ」と呼ぶことはできるかもしれませんが、迷子の犬がただ戻ってくるだけのお話に終始するのでは、どんな幼子も感動させられぬ手垢だらけのストーリーにしかなりません。書き手が「素材」をこのように見た、このように考えたという「思想」とセットになってはじめて、モチーフは物語に奥行きや深みや複雑な味わいを付与しはじめるのです。

モチーフを学ぶ格好のテキストは巨匠のあの一作

では、すばらしきモチーフを得るために、小説家になりたい、本を出したいと思う人は、まず何をすればいいのでしょうか。ここで作家アーネスト・ヘミングウェイを取りあげてみます。ヘミングウェイは、わかりやすく豪快に、作中にモチーフを描き込むことに長けた巨匠です。たとえば『キリマンジャロの雪』では、死を厳かに昇華させる象徴的なモチーフとして、純白の雪抱くキリマンジャロが聳え立っていました(当ブログ記事「文学作品における『雪』の役割」参照)。そんなヘミングウェイの若き日の小説に、わずか数ページの『革命家』という掌編があります(『われらの時代・男だけの世界―ヘミングウェイ全短編』所収)。実にこの作品、モチーフとはこのようなもの、と説明するに格好のテキストなのです。

この『革命家』で重要なモチーフとなっているのは「絵画」です。物語は、第一次世界大戦が終結し、ロシア帝国が倒れソヴィエト連邦が成立したのちの1919年、イタリアを旅していた革命家の青年が社会主義者として投獄されるまでを描いています。青年は、ルネサンスの宗教画家フランチェスカの宗教画の複製を社会主義の機関紙に包んで持ち歩いており、フランチェスカはいいが同じルネサンス期の画家マンテーリャはいまひとつ……などと話をしています。明るい色彩でキリスト洗礼を描くフランチェスカに対して、マンテーニャは釘を打たれ変色したキリストの皮膚を暗い色調でごつごつとリアルに描くような作風でした。青年はその暗さを嫌ったのでしょうが、そもそも社会主義・共産主義は思想的な理由から宗教には否定的です。ところが青年は高評したはずのフランチェスカの宗教画を軽々しくも小脇に抱え、しかも社会主義の機関紙でくるんでいるという、激しく相容れない行動をとって平然としていたわけです。となると自然、この状況が意味するところは――という点に読み手の意識は向かうことになり、そこで読者は書き手の思想に触れることになります。こうしてはじめて「素材」としてのモチーフは「思想」の色をまといはじめるのです。

またもや宗教画を例に挙げますが、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』をモチーフにあなたが小説を書いたとします。その物語が偉大な師や心の支えたる人物との別れを主題にしたものだとしたら、それはまるっきり絵画のテーマをなぞっただけに過ぎません(絵画『最後の晩餐』にはイエスと12人の弟子の別れの晩餐が描かれている)。それでは『最後の晩餐』の名声を間借りしただけのことになり、モチーフ(あなたの作品側の)が生きてくるはずもありません。つまり創作モチーフには、“作者自身の思想や解釈”が不可欠なのです。

モチーフを理解するところからはじまる確かな一歩

ひょっとするとヘミングウェイは、フランチェスカの絵画に宗教的な欺瞞や幻想を見たのかもしれません。一方、写実的なマンテーニャを切って捨てた青年には浅薄な社会的風潮を投影させたのかもしれません。いずれにせよ、社会主義や共産主義を標榜する革命家や、芸術における宗教性ということへのアイロニーに貫かれた物語をたった2ページに描きあげたのです。ヘミングウェイのそのスゴ技の立役者が、すなわち「モチーフ」なのです。

ところで彼はこんな言葉も遺しています。

作家の仕事とは判断を下すことでなく、理解しようとすること。
(The writer’s job is not to judge, but to seek to understand.)

作家を目指す“卵”たちにあっては、モチーフにしろ他の知識にしろ、先入観や聞き齧りなどで性急に判断を下し、執筆・創作へと先走ってしまうケースがままあるのではないでしょうか。確かに迸る表現衝動は必要です。ただ、そこで仕上がったものが「作品」として掲げられるかどうかはまた別の話なのです。作品創りとは、テーマなり題材なりを呑み込み、咀嚼し、反芻し、分解吸収して自分のものとするところからはじまります。上述のとおりモチーフとは、芸術作品に欠かせないプライマリーかつ最重要要素のひとつ。モチーフをどう捉えるか、描くか、まずはじっくりと考えるところからはじめましょう。先に述べたように、モチーフは「思想」と切っても切り離せません。そのまわりをぐるぐると廻るわけですから、モチーフ考察は自ずと徹底的な自己省察の営みへと傾斜していくはずです。しかしそれは遠回りの道ではありません。 ふわふわと頼りなかった文学青年が、気鋭の作家としての確かな一歩を踏み出す絶好のルートになるはずです。

※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。

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