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いまどき「ロマンティシズム」なんて言葉を口にしたり書いたりする人はどのくらいいるのでしょう。正直いって日常では、見向きもされなくなっていると思うことしばしばです。「ロマンティシズム」という語が意味するのは、空想的で感受性豊かな精神至上主義――といったところ。ですが現代日本では、そうしたお堅めの説明を咀嚼するより前に、単純に「ロマンス」「ロマンティック」という言葉によるイメージに引っ張られた理解が定着しているかもしれません。でもまあいいです。ともかく、ロマンティックな精神を重視する主義・主張のことであるのは間違いありませんし。ロマンティックといえば、レトロな表現を用いるなら“女心をくすぐる”ような恋愛のテーマもそこに含まれるはず。だというのにismを付した「ロマンティシズム」になったとたんに見向きもされなくなるという事態は、女も男も、心ときめく恋愛などお呼びでなくなっていることの現れなのでしょうか。
「胸キュン」やら「壁ドン」やらに世が度を失う様子を見ると、ロマンティックに感応するアンテナが退化したわけではないようです。しかしどうも昨今は、そうした意識の大半が、アニメやゲームの二次元の疑似恋愛に向いているように思われてなりません。VR(仮想現実)がそこそこ一般にも普及し、たとえ3D化して見えるにせよ、仮想世界のロマンスはそもそもロマンティシズムという語の古典的な響きにはそぐわないし、精神の深みを探るような真摯さにも欠けています。否定しているわけではありません。それはそれ、これはこれということです。にもかかわらず、仮想ロマンスに没入する側の人々は、その厳然たる違いを分け隔てなく捉えようとしがちです。それどころか、リアルのロマンスはコスパが悪いと平然と放言する人も少なくありません。ふつうに恋愛をしてきた昭和世代が己の若かりし日々を思い返せば「う、ううん、コスパはね、たしかに悪いかもね……」と不承不承頷くほかないのですが、そのいっぽうで、ひょっとすると本来の「ロマンティシズム」という精神運動が忘れ去られてしまったのではないかと危惧もするわけです。感受性の衰退、つまり鈍感化――とまで断罪しては、今度は逆に昭和世代の時代錯誤な方言と受けとられかねませんが、そちらへのベクトルをどうしても感じてしまうのです。現代人の個々の心のありようにとやかく注文をつけるつもりはありませんが、もしあなたが「詩人になりたい」と名乗りをあげる人物なのであれば、そのゆるやかな潮流に安易に乗ってはいけません。詩人たる者、両極端でなくてはならないのです。圧倒的にイノベーティブな思想をもつ者になるか、超のつく保守派となるか――。
というわけで、ここであらためて味わってみましょう、ロマン主義の詩を。上質のロマンティシズムに触れその純粋さに心浸して、明日の詩作に向き直ってみようではありませんか。
霧が漂う豊かな実りの季節よ
熟しつつある太陽の親友よ
秋は日の光と手を携えて
生垣を這う葡萄にも実りをもたらす
苔むした庭木に林檎の実を実らせ
一つ残らず熟させてあげる
ひょうたんを膨らませ ハシバミの実を太らせ
蕾の生長を少しずつ促して
花が咲いたら蜂たちにゆだねる
蜂たちは巣が蜜でねっとりとするのをみて
暖かい日がずっと続くことを願うだろう
(ジョン・キーツ『秋に寄せて』/宮崎雄行編『対訳 キーツ詩集』所収/岩波書店/2005年)
ジョン・キーツはロマン主義を代表するイギリスの詩人です。1795年に生まれ1821年、25歳の若さで世を去りました。早くに父母を亡くし、外科医の徒弟奉公に出て資格を取得しましたが、若きキーツが心酔したのは医学より詩の世界でした。『秋に寄せて』(『TO AUTUMN』)は死の1年あまり前に書かれました。この詩を、キーツの最高傑作と称える人も少なくありません。豊饒な秋の実りを謳う輝かしい自然賛歌で、キーツの眼差しは純粋な感動に満ちて溢れています。しかし、しかし――です。『秋に寄せて』が単に喜びと憧憬を謳いあげているのかといえば、それは違うぞということが、この先を読み進めてみるとわかってくるのです。
春の歌はどこへいった あの歌はどこだ?
気にかけることはない 秋にも秋の歌がある
千切れ雲は暮れ行く空を彩り
夕日が大地をバラ色に染める
川柳の林には蚋(ぶよ)たちが
悲しげなコーラスで歌を歌い
水上(みなかみ)を光のように浮き沈みする
太った羊たちは丘の小川のほとりで啼き
藪コオロギも負けじと鳴く
駒鳥は庭の畑で呼び声をあげ
すずめは群がり空にさえずる
(同上)
『秋に寄せて』がつくられた1819年、結核を患い、医学の心得もあるキーツはすでにみずからの死を予感していたに違いありません。次の春の季節にはもうこの世にいないかもしれない、そんな覚悟もあったのでしょう。最終の第三聯では、深まる秋に冬の訪れを察知した蚋(ぶよ)が悲しいコーラスを奏で、育成された羊たちはやがて食肉となる運命にあります。暮れゆく秋の終わり、実りの豊饒に喜びを見出すキーツは、命の儚さ、自然が移り変わっていく無常をも見ています。――そして、それでもなおキーツの詩は深い色を湛え、黄金の光が差しているかのように尊く美しいのです。これぞまさしく、ロマンティシズムの真髄といえるのではないでしょうか。
キーツを鑑賞するのに、ソネットであるとか、韻を踏んでいるとか、そんな形式ばったところを目をギラつかせて確かめる必要はありません。ただただ、みずみずしい憧れと憂いを漂わせたロマンティシズムを、思いがけない深みを秘めた清新な叙情世界を、詩を書く者の肌で感じとることが、詩作修行の一環として何よりの成果をもたらすでしょう。現代ではもう忘れ去られた感のあるロマンティシズム、近代的な詩の原点でもあるロマンティシズム。それは、ひょっとすると現代を生きる詩人の心を洗ってくれる泉のようなものかもしれません。本を出したい、詩人になりたい者たちが繰り返し戻っていく、詩作の精神と感受性を思い出させてくれる世界。まるで詩人の心の故郷のような――それがロマンティシズムという詩世界なのかもしれません。
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