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ご存じのとおり、映画はほぼ映像とセリフだけで成り立っています。ナレーションが入る作品も少なくないですが、それが構成要素の大部分を占めることはありません。そうした理由もあり、小説を原作としていてもあらためて脚本を書き起こさなければならず、同じ文字を書くのでも小説の書き手とは似て非なる、まったくの別ジャンル「脚本家」というクリエイターの存在が不可欠となってくるわけです。そのいっぽうで、自分の書いた小説が映画になればなァ……と夢抱く小説家志望者はやはり少なくないようで、別に脚本家になりたいわけじゃないのに、映画のヤツめ、憧れさせやがって……と横目で見るのもしばしば、映画はその華々しさや話題性、集客性もあいまって、小説書きたちから憧憬の眼差しで眺められることは確かでしょう。しかし、市場へのコンテンツ供給が常に過多の状態であるにも関わらず、キラーコンテンツに化けるのはひと握りという昨今においては、原作漫画から映画化、その映画から今度はノベライズした小説へ……というように同じ作品が形を変えて世を席巻することが頻繁に起きています。というかそれがエンタメ業界のヒット作戦略の常套手段となりつつあるいま、自分は小説家志望だからと映画産業をお隣さんの土俵のように「映画のヤツめ」と指を咥えて見ているばかりではいけません。ここはひとつ「映画」という近傍のコンテンツを、小説創作のステップアップの手段として思い切り利用してみてはいかがでしょう。
もしあなたが取り立てて映画好きなわけではないとしても、映画ってものは観たことがあるでしょうし、記憶に残っているシーンのひとつやふたつはあるでしょう。そうしたシーンをちょっと思い出してみてください。そこにはセリフがあったとしても、言語で埋め尽くされたシーンではないはずです。つまり小説と違い、映画には無言語のシーンが存在し得るのです。といっても、誰もそれを「無」だと思わず当たり前のものとして受け止めているのは、映画には映像があって、人物の表情や暗示的な背景や道具立てがリアリティの土台をなし、光の明暗や雰囲気を盛り立てるBGMが流れ情感に訴える演出がなされているからです。つまり作品世界の情報は、言語を伴わない視覚や聴覚情報として観客に伝えられているのです。そして一般的にそれは文字情報よりもよほど多弁です。ではその多弁を文章にしたらどうか? ちょっと考えるだけでワクワクしませんか? ヒット映画を用いたこの試みに成功したら、なかなかに凄味のある文章作品となるのは間違いありません。そう、今回のレッスンは、映画の“言葉”を読み取って文章に書き起こすこと。といってもいきなり映画全編をノベライズするというのは少々ハードルが高いので、レッスンはレッスンとして、まずは何か好きな映画のワンシーンを切り取ってみることにしましょう。
思い出せる映画のシーンがあるなら何であれかまいません。好きな映画であれば、その“言葉”は判読しやすのではないでしょうか。映画本編が難しければ、その宣伝のひとコマでもいいでしょう。Youtube上に過去の作品のPR映像は無数に並んでいます。たとえば2019年の秋に公開された映画『ジョーカー』は、15秒CMの映像でも充分に衝撃的です。名だたる賞を勝ち獲ったこの珠玉のサスペンス・エンターテイメントの不気味に静まったシーンは、本筋を知らぬままCMに接したとしてもついつい固唾を飲んで見入ってしまいます。ストーリーなどうろ覚えだって、知らなくたっていい──といっては身も蓋もないですが、少なくとも今回の「描写力アップのレッスン」を行う上では、記憶に焼きついたその場面からあなたが聴く“言葉”をいかに文章として表現するか、それだけを考えればいいのです。
映画から“無言の言葉”を拾うのであれば、無言の時間が多い映画はやはり好適の一本といえます。たとえばリュック・ベッソンの『グラン・ブルー』。海の神秘を映し出すこの映画には当然、海中での重要なシーンがいくつもあり、“静寂”が円転自在の言葉をもっていました。多少ネタバレとなりますが、ご存じない方のためにざっとあらましに触れておきますと、素潜りでの潜水世界記録をもつ伝説のフリーダイバージャック・マイヨールをモデルとした物語です。海に愛された海の申し子のような主人公は、人間関係においてはなはだ寡黙で不器用、最上の友人はなんとイルカです。ある女性を愛し結ばれるのですが、その愛だけでは満たされない“何か”を抱えたまま。終幕、ふたりの関係に絶望し涙ながらに切実な叫びをあげる彼女に、彼はどう答えてよいかわからず、海に飛び込みます。文字どおり水を得た魚のごとく海の抱擁に身を委ねた彼のもとに泳ぎ寄ってくるのは、ベストフレンドのイルカ。その無邪気な鳴き声と、生命の鼓動にも似た音が静かに響くなか、人ひとりとイルカ一頭がいつまでも海で戯れるこのラストシーン、あなたならどのように描写するでしょうか? 一例として挙げるならたとえばこんな……
海は母のように彼を受け止めた。聴きなれた水の鼓動が彼を生き返らせる。イルカは待っていたのだろうか。ずっとここにいたのだろうか……。彼がその体に触れると、孤独はどこかへ忘れ去られた。時間も止まった。
つづけてもう1本。スティーブン・スピルバーグ監督の『E.T.』は、1982年の公開のその当時に生きていようがいまいが、誰の脳裏にも刻まれている有名なシーンがありますね。そう、宣伝ポスターにもなっているあれです。夜空に昇った満月を背景に、空飛ぶ自転車の影がくっきりと浮かぶあのシーンです。こちらも説明は不要かもしれませんが、念のためにあらましを。地球のとある町にやってきた宇宙人E.T.をかくまった少年は、家を恋しがるE.T.のため、宇宙船にコンタクトする装置を設置しようと計画します。大人たちの目を盗み、E.T.を自転車のかごに乗せ、迎えの宇宙船が着陸した森へと急ぎますが、追っ手(E.T.を捕らえようとする大人や警察、科学者)が迫ってきます。道が悪く歩かなきゃ……というとき、E.T.の超能力で自転車が高く高く空を飛んでいくのです。奇跡を謳い上げるような高らかなメロディーだけがのせられたこの言葉のない一瞬のシーン、さて、あなたなら小説にどのように描写しますか?
少年は息を吞んだ。空を飛んでいる! 真珠のように輝く満月がスクリーンとなって、少年が漕ぐでこぼことした自転車の影が大きく映し出される──
うーん、陳腐というか、どうもパッとしませんねぇ……。スピルバーグのプロダクションはDreamWorksといいますが、こうして文字にすると、ファンタジーの夢あふれる感じに欠けているような気がしますね……失格。でも、レッスンのための習作なんて誰に見せるわけでもないのですから、気負うことなく、こうした描写のテキストをいくつも書いてみればいいのです。
上掲のサンプルでは、セリフのない無言のシーンを文章化してみましたが、セリフがあろうがなかろうが、筋を知っていようがいまいが、思いつくシーンがあれば片っ端からチャレンジしてみましょう。映画本筋の意図と違っていたっていいのです。自分なりに解釈することもまた想像力のエクササイズにはもってこいなのですから。大切なのは、脳裏に浮かぶそのシーンをじっと凝視し、無言の言葉を聴き取って文字で表現すること。その鍛錬を繰り返していれば、小説創作の内的メカニズムに予想外のスイッチが作動して、変幻自在の表現に覚醒する“ゾーンに入った”ひとときを迎えられるかもしれません。
「創造する」ということでは相通ずる点が多くも、「表現手法」としてはまったく異なる小説と映画。けれどそこには、相互に翻訳可能な“言葉”があるはずなのです。パソコンや原稿用紙を前に、自分の頭のなかでああでもないこうでもないと言葉を弄くりまわすのも作家修行の大事な単元ではありますが、ときには眼で捉えた映像を文章化するこのエクササイズを実行してみれば、思考もリフレッシュもするし、表現の思わぬ糸口を発見しないとも限りません。畢竟、寡黙にして雄弁な映画の名シーンは、本を書きたいと思う者の描写力をステップアップさせる、有用かつ頼もしい素材であるということです。ぜひ一度、お試しあれ。映像と文章を自由に行き来する“言葉”は、作家になるための力強いアビリティとなることでしょう。
それでは次回をご期待ください。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ……(昭和世代の映画好きには懐かしい名文句)。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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