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学園ミステリーに学ぶ「臨場感」のスパイス

2016年04月22日 【小説を書く】

「臨場感」はミステリーやサスペンスの要件

コッコッコッ。静かな廊下に響く足音。誰もいないはずなのに……。
ミステリーやサスペンスほどに、その臨場感をもって読者の心理を鷲づかみにするジャンルはないかもしれませんね。逆にいえば、臨場感のないミステリーやサスペンスは、その時点で作品としての重要な要素を欠いているということです。

ということで、ここで下の例文を読んでみてください。


 康子の演劇部の練習に付き合わされてすっかり遅くなってしまった。十月に入って日も短くなり、学校を出ると外はすっかり暗くなっていた。
 石上先生が死んで一週間が経つ。先生が自殺などするはずがないと康子が断言するように、警察もほぼ他殺と見て捜査を進めているようだ。
 「几帳面な芸術家」として尊敬していた先生の死は、康子にとってショックだったに違いないが、彼女は気丈にも立ち直ろうとしている。顧問を失った演劇部の活動を、今日から再開させたのだ。
 それにしても死の直前、康子に送られてきたという先生からのメールは、何を意味しているのだろう。
 〈イアーゴー〉という件名のみの空メール。
 康子が着信に気づいたのは翌朝だったというが、送信されたのは死亡推定時刻の一時間ほど前。康子はその日、学校で直接先生にわけを訊こうとしたというが、当人はすでにこの世にいなかった。事件と何か関係があるのかしら。それにしても意味不明。あるいは送り先を間違えたとか――。
「あの、ちょっと」
 突然声を掛けられて私の思考は中断された。振り向くと見知らぬ男が立っている。
「君、色葉学園高校の生徒だよね?」
「そうですけど、何か……」
「日向さんって子は知ってるかな?」
「日向、康子ですか?」
 え!? この人……、康子の知り合い?
「いや、日向朱美さんなんだけど」  ああ、そういえば日向姓はもう一人いたっけ。
 日向朱美はこの二年間、同じクラスだが、親しくはない。彼女はクラスでも孤立した存在なのだ。といっても周囲からつまはじきにされているわけではない。むしろ、近づき難い雰囲気の彼女のほうが、みんなを無視しているというほうが正しい。
 美形だけれど男の子たちも手を出しづらい、孤高の女王といったところだ。とはいえ成績優秀で品行方正、ちょっと扱いづらい性格を除けば、先生たちにとっては最も手の掛からない生徒だろう。
「彼女なら、同じクラスです」
「そうか、それはちょうどよかった。彼女、最近何か変わったことはなかったかな」
「いえ、特に変わったことは……」
 いつもポーカーフェイスの彼女に変化を見出すのは難しい。
「ただ、確か先週の火曜日、学校を休みましたが」
 私の知る限り、朱美が学校を休むのはそれが初めてだった。無遅刻無欠席だった朱美の席が空いていたのが、意外な記憶として残っている。
「えっ!? 先週の火曜、学校に行ってないって?」
 男はちょっと考え込んでいたが、そうか、ありがとう、と言うなり、その場を立ち去った。男が誰なのか尋ねる間もなかった。
 朱美の身に何が起こっているのだろう。そういえば、彼女が休んだ火曜日は、先生の事件があった日だ。何か関係があるのだろうか。
 それに、もう一つ変わったことがあったのを思い出した。その前日、珍しく朱美のほうから私に話しかけてきたのだ。彼女はなんで私にあんなことを聞いたのだろう。


この例文の課題とは……

さて、この一節を読む限りでは、教師の死という事件が起きてまだ間もなく、ストーリー的には導入部分といった感じですね。親友の康子に届いた意味不明のメールに、同級生を知る男の突然の登場も加わって、興味を引く伏線となっています。康子や朱美など、周囲の人物の性格や状況もそれとなく窺わせて、このあたりはなかなか手際よく書けているように思われます。

ただ、それでもちょっともの足りない点があります。それは、「見知らぬ男」に遭遇したシーンで、臨場感が不足していることです。人は初対面の場合、まず相手を観察し、なんらかの印象を抱くものです。その記述が、この作品には欠けているんですね。短いやりとりのなかで、関係する同級生についての説明は上手に展開されているものの、目の前で起こっている「まさにその場」のことについては、説明が圧倒的に不足しているのです。

「臨場感」読んで字のごとく「その場に臨んでいる感触」

下校途中、暗がりの道で話しかけてくる見知らぬ男とは、その時点で怪しい。しかしその行為をもって怪しさを伝えるだけでは、読者心理は「ゾクゾク」とまではいきません。その場に臨んでいる「私」が見て感じたことを書き込む必要があります。

「男」は見た目何歳ぐらいなのか、主人公と同じぐらい、または青年といえる年代、あるいは中年男性だったのか。また、そう感じさせるだけの見目形や造作のディテール、身なりやもの腰だって、読者の目にありありと人物像を思い浮かばせるためには必要でしょう。

怪しいシチュエーションでの登場だったけれど、案外、誠実そうにも思えるのか、それともいっそう疑わしさを増すだけのオーラをまとっているのか。そうした特徴を書き込むことで、話のなり行きから考えておそらくは再度登場してくるこの男の、ストーリー上での取り扱い方は変わってくるはずです。

そしてもうひとつ、このシーンにおいては、情景描写による臨場感も創り込んでおきたいところ。日も暮れた帰宅途中ということはわかりますが、それが人通りの多い商店街なのか、あるいは人影もまばらな住宅街の路地でのことなのか、それによって緊張感も変わってくるものです。「もの陰から、黒猫がじとっとした視線を送ってくる」なんて一文を入れたりすることで、よりリアルな場面として読者の網膜にイメージを投影させ、心理を煽ることができるはずです。

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