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フェアリーテイル(おとぎ話・童話)の主役たち

2018年09月21日 【絵本・童話を書く】

錬金術師が描き上げた精霊キャラクター

錬金術師と呼ばれた「パラケルスス」という人物をご存じでしょうか。15世紀の終わりにスイスに生まれた医師で、当時、従来の学問スタイルであったスコラ学に対し、自然や宇宙の重要性を主張し、同時代のコペルニクスにも比肩するかという革新的発想のもち主でした。生涯をほぼ放浪で送った稀代の奇人はまた、魔術的な自然哲学の信奉者でもありました。地・水・風・火の四大元素を司る古典的四元素説をベースとして『妖精の書』を書き起こし、ノーム、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーといった精霊を定義したのがパラケルススです。いずれもおとぎ話やファンタジーの世界で活躍する精霊であり、そうした意味でパラケルススは、妖精・精霊たちの育ての親といってよいでしょう。

さて、パラケルススが熱弁を振るった精霊たちは、その後誕生する童話やおとぎ話のなかの重要なキャラクターの造形において、エッセンスとして用いられてきました。童話を書こうというのであれば、まずは各精霊の性格をいかに作中人物に反映させるかが発想のポイントといえそうです。たとえば、四大精霊のうちの水の精ウンディーネを主役の人物造形の核に据えた場合には、どの物語も一貫して、精霊を宿すキャラクターと実際の人間との悲恋物語が創作されてきました。数々の物語の原型となっているのは、1811年、ドイツの作家フリードリヒ・フーケが発表した『ウンディーネ』。パラケルススの定義によれば、ウンディーネは人間の愛によって初めて魂を得られるといいます。水の流動性や霧の儚さ、幻想性などに加え、そのような哀れな精霊であることが悲恋物語の発想の原点といえそうです。

ファンタジーや童話のヒロインの“人間性”

「なん百年の寿命なんてみんなやってしまってもいいわ。
そのかわり、たった一日でも人間になれて、死んだあとで、
その天国とやらの世界へのぼるしあわせをわけてもらえるなら」
(ハンス・クリスチャン・アンデルセン著/大塚勇三訳『人魚姫』福音館書店/2003年)

水の精ウンディーネにも通じる代表的キャラクターといえば、「人魚姫」が挙げられるでしょうか。生みの親はデンマークの童話作家で詩人のハンス・クリスチャン・アンデルセン。発想のベースにはギリシア神話に登場する海の魔物セイレーンがありますが、人魚姫には人間よりも人間らしい感情が満ち溢れています。物語はウンディーネと同じく人間との恋をモチーフとしているものの、今日お馴染みのディズニーの結末とは異なり、その悲劇は美しいというよりむしろ残酷。痛み、苦しみ、悲しみに苛まれながら愛する人の幸福のため泡と消える人魚姫は、稀に見る純粋な女性像を体現しますが、それでいてわかりやすいカタルシスを意図しないところに、アンデルセンの深遠な筆が見て取れます。

おとぎ話や童話にヒロインが登場するや、恋物語のはじまりはじまり〜と相場が決まっているかのように思われるかもしれません。しかし、たかが恋ひとつ描くにしたって千差万別、と心得ておきたいものです。

「ラプンツェル」はグリム童話集に登場するヒロイン的キャラクター。魔法使いによって塔に閉じ込められ、その(異様に)長い金髪を伝って塔に登ってきた王子とのハッピーエンドに至る恋物語――と一般に知られるところではありますが、そこはやっぱりグリム童話、原作には妖しく淫靡な闇が用意されています。実は、ラプンツェルと王子は夜ごと性的行為を繰り返していました。それが魔法使いにばれて罵倒されたり、恥じ入った王子が塔から身を投げたりと、生々しくもエグい場面が描かれるのです。それでいて物語がハッピーエンドに終わるというけっこうなハチャメチャ具合は、まるで人間界の不条理や不可解さを映し出すかのようで逆にリアリティが感じられます。

名脇役・動物キャラクターはアイデアが命

擬人化された動物たちもフェアリーテイルには欠かせない存在ですが、ただ単純に愛くるしい動物キャラに人間の言葉を喋らせればいいというわけではありません。アイデアには一層のキレが求められ、何といってもポイントはインパクトある個性といえます。たとえば、ビアトリス・ポッター作『ピーターラビット』の名脇役、「ティギーおばさん」に目を向けてみましょう。ティギーおばさんは洗濯屋さん、動物たちの洗濯物を引き受ける不思議な洗濯屋さんです。ですが、ティギーおばさん自身もちょっと妙、帽子の下からハリが出ている。それもそのはず。だってティギーおばさんはハリネズミなんですから……といった具合に。

それはあの白うさぎで、ゆっくりトコトコともどってきながら、困ったようにあたりを見まわしています。なにかなくしたみたいです。そして、こうつぶやいているのがきこえました。「公爵夫人が、公爵夫人が! かわいい前足! 毛皮やらひげやら! フェレットがフェレットであるくらい確実に、処刑されちゃうぞ! まったくいったいどこでおとしたのかなあ?」
(ルイス・キャロル著/山形浩生訳『不思議の国のアリス』2017年)

『ピーターラビット』といえばウサギですね。おそらく多くの方が頷かれるかと思いますが、ウサギは童話界ではなかなか人気のキャラクターです。そこで注目したいのは、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に登場する二羽のウサギ。とりわけ重要な役どころはアリスを不思議の国へと導いたのは「白ウサギ」です。キャロルは、アリスの「溌剌さ」「大胆さ」「決断力」をコントラストでもって際立たせるべく、白ウサギについては「分別臭さ」「臆病」「優柔不断」を体現するキャラクターとして創造したと語っています。もう一羽は「三月ウサギ」。ヘンなお茶会を開いては、終始おかしな言動でアリスを翻弄するウサギです。こちらは実際にウサギの発情期の3月、発情しすぎて少々頭のおかしくなった雄をイメージしてキャロルが設定したキャラクターといわれています。どちらもウサギには変わりありませんが、設定上、作品世界にとって欠かせない役割を担っているばかりか、独特の個性をもしっかりと帯びているのです。

現世(うつしよ)離れした人間たち

さて、童話やおとぎ話にはもちろん人間たちも登場します。動物たちが活躍するなかで、人間にはいったいどのようなキャラクター設定を負わせるのが正解なのでしょうか。フェアリーテイル仕様の人間とは、いったいどんなものなのか。例を挙げていきましょう。

イギリス出身のヒュー・ロフティングによる人気児童文学『ドリトル先生シリーズ』のジョン・ドリトルは、動物たちと意志の疎通が図れる医学博士です。現代的医学博士とはまったく異なるそのイメージは、フェアリーテイル仕様といってよさそうです。ハンプティ・ダンプティにたとえられる肥満体躯、そのくせいざとなれば格闘も厭わぬ冒険ヒーローの性格をもち、フルートを愛好する英国紳士です。

「リップ・ヴァン・ウィンクル」は、19世紀はじめアメリカの小説家ワシントン・アーヴィングがオランダ人の伝説を下敷きに描いた短編作品の主人公です。作品のあらましとしては、恐妻家だが故郷を愛する木こりが森のなかの不思議な世界にいざなわれ、遊び興じているわずかな時間に現実世界では20年が過ぎ去ってしまい、口喧しい妻からうまいこと逃れる――と『浦島太郎』の西洋版を思わせる物語ですが、「時代遅れの人」「眠ってばかりいる人」の代名詞とされるようなそのキャラクターには、愛すべき間抜けさが具わっています。

「カスピアン王子」は、イギリスの文学者C・S・ルイスの『ナルニア国物語』の第2作、『カスピアン王子のつのぶえ』に登場するナルニア国の王子です。王国の危機に助けを求めて笛を吹き、時空を超えた現代(1950年発表の原作の設定は戦時中)から前作で活躍したべベンシー家の兄弟を呼び寄せる活躍を見せます。カスピアン王子には、ヒーローの向こうを張る準主役的な独特のキャラクター性が見出せます。ヒーローを生かすも引き立てるも、相照らし合う存在があってこそ。おおいに参考にしたい王子像です。

最後に番外編として「クリストファー・ロビン」を挙げておきましょう。ご存じイギリス生まれの人気童話『クマのプーさん』の相方の少年で、モデルは作者A・A・ミルンの息子クリストファー・ロビン、彼が大事にしていたテディベアが活躍する物語がいつしか『プーさん』の形になりました。活き活きとした個性をもつ少年像は童話世界でとても映えるものです。……ただし、目覚ましい成功を収めたミルンと息子クリストファーのあいだには、有名になり過ぎたがゆえに、死ぬまで修復されることのない亀裂が生まれたという、ファンとしてはいささか聞きたくはない後日談があります。

フェアリーテイルだからこそ、明確なイメージと根拠が重要

つまるところ、フェアリーテイルのキャラクター造形において重要なのは何なのでしょう。童話やおとぎ話にあっては、小説のキャラクターづくりとは異なる想像力が求められるのは当然のこと。人は人、猫は猫として登場させる――という制限を取っ払ってしまえば、イメージソース、インスピレーションの源泉は無限といっていいほどに広がります。自由だからといってしかし、思いつきレベルのアイデアに頼り、作り込みの浅いキャラクター造形に終わってはもとも子もありません。そもそもアイデアは入口、結果を左右するのはそのずっとあとなのです。

ここで大事なのは、物語にマッチするだけの設定の「根拠(あるいは必然性)」を見定めること。その上で、キャラクターをつくり込んでいく地道な作業が求められるのです。地道ではあっても楽しい作業に違いないでしょう。逆にそれが楽しくなければ、童話作家路線から離れたほうがいいのかもしれません。そしてもうひとつ、何より必要なのは、作家になりたいあなたの自作キャラクターへの愛情。それこそが、フェアリーテイルの主役たちに乗り移る生気であり魂といえるのですから。

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