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小説やエッセイなどのオリジナル作品を書くようになると、その方法論が記載されている情報にも自然と目が行くものです。そうこうするうち、早々に行き当たるのが「文体」という言葉。Googleで検索すると「1.文章の様式。和文体、漢文体、あるいは書簡体など。2.筆者の個性的特色が見られる、文章のスタイル。」と説明されています。オリジナル作品の創作という文脈で見るならば、2の意がぴたりとハマるでしょうか。つまり「文体」とは「文章におけるあなたらしさ」というわけです。
実世界では、自分自身を他者にどう見せるかということ、ここを気にしない人はまずいません。いいや俺はサ――なんて照れないでください。キニシテナイ風情を醸すことだって、気にしていることの裏返し。人間という生き物が社会的な動物である以上、当然のことと受け止めていいはずです。
それと同じように、文体も意思をもって演出してしまっていいんです。否、いいのではなく、そうしてください。「文体がある」ことは、文学賞において重要な評価ポイントです。さらにその文体は、基本的には複数の作品間においても貫いてください。作品がもつ世界観に加え、文体だってファンを魅せるための重要なファクターといえます。
シンガーソングライターの中島みゆきさんの作品には、いずれも共通した世界観を感じることができます。それに加えてあの歌声なのです。個性ということでいえば、あの声にこそ私たちは「中島みゆき」を感じるのかもしれません。しかし、彼女のラジオを聴かれたことのある方なら誰もが知っていることですが、じつはあの声、作品世界をより強く打ち出すために演出された「歌唱のための声」なのです。ディスクジョッキーを務めるときの彼女の声はまるで別人です。
歌声同様、文体にも「荘重(そうちょう)な」「軽やかな」「透明感のある」「おしゃれな」「おおげさな」「乾いた」「抑制された」「静謐(せいひつ)な」「美文調」「報告書風」……と、いくらでも特徴をもたせることができます。文末に注目すれば「常体(だ・である)」と「敬体(です・ます)」を使いわけるだけで違いを出すこともできます。さらに文体同士を比べてみると、そこには「軽重」「濃淡」「緩急」といった違いがあることに気づかされます。ここではひとつ「濃淡」を取りあげてみましょう。
まずはお寿司のねた同様に淡白なほうから味わうとして、例は夏目漱石の『吾輩は猫である』の冒頭から借ります。
吾輩(わがはい)は猫である。名前はまだ無い。
どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。
(『夏目漱石全集1』筑摩書房/1987年――青空文庫より ルビは引用者による)
冒頭のっけの五文からして、なんと明快な文体かと感心してしまいますね。歯切れがよく、サクサクと読んでいけます。音読も楽しめそうですし、誰が読んでも意味を掴み損ねることはなさそうです。一文に多くの情報を詰め込まない書き方がなされているためでしょう。名前もつけてもらえないほど、飼い主一家に軽んじられている猫。それが「吾輩は」と上から目線で語る設定の導入部が成功しているからこそ、作品全体には何ともいえないおかしみが充ちているのでしょう。
そして次に、特段に濃い例を三島由紀夫の『春の雪』の一節から。ちなみに同じ五文です。
馬は冬の夕空へ嘶(いなな)きを立て、白い鼻息を吐いた。冬は馬の匂いも稀薄で、凍った地面を蹴立てる蹄鉄(ていてつ)の音が著(しる)く、清顕はこの季節の馬にいかにも厳しくたわめられている力を喜んだ。若葉のなかを疾走する馬はなまなましい獣になるけれど、吹雪を駆け抜ける馬は雪と等しくなり、北風が馬の形を、渦巻く冬の息吹に変えるのだ。
清顕は馬車が好きだった。とりわけ心に不安のあるときには、馬車の動揺が不安独特のしつこい正確なリズムを乱してくれるからで、又、すぐ身近に馬よりももっと裸かな馬の尻にふり立てられる尾を感じ、怒る鬣(たてがみ)や歯噛(はが)みに泡立ちつややかな糸をなびかせる唾(つばき)を感じ、そういう獣的な力にすぐ接している車内の優美を併せ感じるのが好きだった。
(『豊饒の海 第一巻』新潮文庫/2002年 ルビは引用者による ※「噛」の字は文字化け対応)
・季節は冬で、時刻は夕方である
・雪が降っていて、吹雪というほどの勢いである
・清顕(主人公)は馬車に乗っている
・馬車の中は優美に設(しつら)えられている
・清顕は身分が高い
・清顕は馬車が好き
・清顕は今現在、心に不安を抱えている
・清顕は繊細な感受性の持ち主
・清顕は獣特有の荒々しさ、力強さを好ましく思っている
・清顕の観察眼は鋭い
・清顕は優美なものを好む
……といったところに加え、主人公の内面にも動的な獣らしさと優美さが共存していて、おそらくまだ若い(作中では十八歳の設定)のだろうと推察することもできます。もちろん時代背景の見当もつきますね。
淡泊な漱石の例と比べると、たった五文に対し、なんとまあ呆れるばかりの情報、要素が詰め込まれていますね。しかしこのあたりからしてもう「世界のミシマ」感はあふれ出ているともいえます。
漱石の文体があっさりしたコンソメスープなら、三島は生クリームを浮かべた濃厚なポタージュ。ウニまで浮かせてあるかもしれません。トロリと濃密で、たっぷりの旨味がギュギュっと濃縮されたような文体です。そのぶん、すらすら読めるものではありませんね。むしろじっくり噛み締めて味わうべき文章であり、またそういった鑑賞に耐え得るのが三島文学の特質ともいえるのでしょう。
この例が示すのは、夏目漱石と三島由紀夫のどちらが優れているということではなく、こんなにも密度の違う文体が、それぞれに当時の読者の支持を得たのはもちろん、歴史という試練に晒されながら、現代の私たちをもしっかりと魅了するという点です。
人は「個性」というものに対し、好き嫌いの感情とは別に絶対的な敬意を払います。逆に、それをもたないものを軽んじる傾向があるかもしれません。そうした読者心理を信じることができれば、オリジナルの文体づくりにもどっしりとかまえて取り組むことができるでしょう。
ちなみに、漱石と三島の特徴をハイブリッドしたような文体をもつ人物も、しっかりと文豪として名を連ねています。それは森鴎外(※「鴎」の字は文字化け対応)。彼の文体は、一見シンプルなところは漱石に近く、内容の濃さでは三島にひけをとらない特徴をもっています。『阿部一族』など、ごく短い小説でありながら恐ろしいほど劇的な展開を見せ、読み応えもたっぷりです。加えてこの作品には、人間ドラマの緊迫した盛りあがり、人物像の明確な輪郭、メリハリの利いた情景描写と、ほかにも学ぶべき点がたくさんあります。ぜひ一度目を通して、その「文体」とともに味わってみてください。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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