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小説にしろエッセイにしろ、文芸作品の創作の難しさとは、「読者」という対象なしには存在の価値が見出しにくい点でしょうか。絵画や彫刻がただそれ自体で芸術作品として完結する(だから容易だということではありません)のとは異なり、文芸のなかでもひときわ芸術性への傾きが強いと思われる「詩」や「歌」というジャンルにおいてさえ、単体で作品の意義が認められることは難しく、読み手の心に届いてこそ――という「反響」ありきの評価基準が一般的であるように思われます。
2015年の秋に『亞書』という書籍がにわかに注目を浴びました。理由は、ただひたすらにランダムなギリシャ文字が並ぶだけのこの本に、じつに1冊6万4千800円もの売価が設定され、納品を受けた国立国会図書館が制度に則り42冊分の約136万円もの額を支払っていたことが明るみに出たからです。「代償金目当てだ」とネットを中心に炎上し、騒動の結果、国会図書館は版元に返金を求めることになりました。
この一件からも、「読者を想定していない本など認めない」という世間の姿勢が窺えます。そこまで騒ぎが大きくなったのは、何より制度を悪用していることが明け透けだったからに違いなく、おおかたの人は国会図書館の最終的な対応に共感したのか騒動は沈静化し、「現代アートとして認めろ!」というような反対ムーブメントも知り得る限り起きていません。
少々ムツカシイ話になりましたが、要するに私たちは、本に最低限のこととして「自分たちのほうを向いている姿勢」を求めているのではないでしょうか。それが過度になれば迎合しているなどと揶揄されるのだとしても、こっちを見向きもしない本なんてけしからん、それに公金が注がれているなんて絶対許せない――そんなところでしょうか。
どんな作品も大なり小なり作品と読者のミスマッチは起きるものですが、子ども向けの童話など、ターゲットを絞ることが可能なジャンルであれば、極力読み手の力量に沿って作品世界の創造を進めたいところです。
次の掌編童話を読んでみてください。作品名は『色泥棒』としておきます。
青い海と豊かな緑のある暖かな南の島には、一年中色とりどりの花が咲き、たくさんの動物たちが住んでいました。
島に住むケオラ君は、今日も日課であるお散歩をしています。
「サルさん、おはよう」
「おはよう、ケオラ君。いいお天気だね」
いつもと変わらない平穏な日曜日の朝です。
するとそこに、大きな掃除機を持った不審な男が現れました。
「なんだか見ない顔だな」
ケオラ君が様子を窺っていると、男は湖のほとりで足を止め、そこで骨を休めていたフラミンゴに突然大きな掃除機を向けました。
「なんだなんだ? あの男は何をしているんだ?」
男をじっと観察していたケオラ君は、目を疑いました。なんと男は大きな掃除機でフラミンゴのきれいなピンク色をみるみる吸いあげてしまったのです。
色がすっかりなくなったフラミンゴは、まっしろけ。その後も男は島中のあらゆるものに次々と掃除機を向けて、花の赤色、キリンさんの黄色、ついには海の透明な青色まで、どんどん吸い取っていきます。
「大変だ。色泥棒だ!!」
一部始終を見ていたケオラ君は、こっそり男のあとをつけて、彼が昼寝をしている間に掃除機に近づき、色を逃がそうとしました。けれど、なかなかうまくいきません。
そうこうしているうちに男の行方を見失ってしまったケオラ君は、彼をおびき出す何かよい方法はないかと頭を捻りました。
「うーん……。そうだ!」
名案を思いついたケオラ君は、早速街に買い物に出かけてゆきました。
「いい匂いだね。すっかりお腹がすいてしまったよ」
数時間後、ケオラ君の家の前には掃除機の男が立っていました。
作戦が成功したのです。
「ねぇおじさん。どうして島の色を盗むの? みんな困っているよ。もとに戻してくれない?」
ケオラ君が頼むと、男は言いました。
「わかったよ。でもぼくは色遊びが好きなんだ。この島は色が溢れていて素敵だね。たまにでいいから、この島の色を貸してくれないかい? 僕の仕事は虹をつくることなんだ」
「そっか! おじさんは色泥棒じゃなくて、虹づくり屋さんだったんだね」
ご馳走の匂いにつられて集まっていた動物たちは、これを聞いて胸を躍らせました。
「ぼくは虹が好きだよ」
「虹を近くで見てみたいな」
「虹をつくるお手伝いならお安いご用だ」
その夜、島の動物たちと男はともにケオラ君の料理を楽しみ、宴は深夜にまでおよびました。
この日を境に、この島はときどき色のない島になり、そんな日は決まって動物たちの歓声と笑顔が溢れるのでした。
南の島を舞台にした童話です。一年中花が咲き、いろいろな動物たちが仲よく暮らす、まさに楽園のような場所でちょっとした事件が起きます。花や動物の「色」を盗む男が現れるのです。この「色を盗む」という発想、それがじつは虹をつくるためだったというアイデアが独創的ですね。怪しげだった男も悪い人物ではないことがわかり、島のみんなが喜ぶラストシーンもほほえましい読後感のよい作品です。色彩豊かな世界が描かれたストーリーだけに、絵本にしてもおもしろそうです。
ただ、少々気になる点も。そもそもこの作品はどのぐらいの年齢の読者を想定して書いたものなのでしょう。話の内容から推測すると、未就学児童から小学校低学年ぐらいが対象かと思われますが、それにしては漢字遣いも言葉遣いも難解過ぎるでしょう。対象となる読者には馴染みのない文字や表現が多く見られます。
また、話のなりゆきも不鮮明です。もっともわかりづらいのは「名案を思いついたケオラ君は、早速街に買い物に出かけてゆきました」と「いい匂いだね。すっかりお腹がすいてしまったよ」の隔たりでしょうか。ご馳走の匂いで男をおびき出そうという、ケオラ君の作戦を明示する一文を挟む必要があります。児童向けの作品であるならば、各シーンのつながりに加え、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)に関しても、極力わかりやすくする気配りが求められると考えていいでしょう。
作品本編から少し離れてみると気づくことも。作品名『色泥棒』にも一考する余地があるといえます。童話や絵本というジャンル、読者の想定としては「子ども」になりますが、もうひとつ想定しなくてはならないのが購買者、つまり「その親」です。では親目線で『色泥棒』という作品名を見てみましょう。……うーん、往年のフランス映画の邦題にでもありそうなタイトルだと感じられませんか? この場合、「色」という文字がアダとになっていますので、本編同様こちらもひらがなに置き換えて『いろどろぼう』とするか、まったく別の作品名を考える必要がありそうです。
さらにいえば、ケオラ君の住む青い海に囲まれた「南の島」には、「サル」と「フラミンゴ」と「キリン」が生息していることになっていますが、現実的にはそうした「島」は存在しないようです。色を盗むという設定からしてファンタジーの要素が強い作品であることは明らかですが、上記三種が共存し得る島があるという設定までもが、現実と創作の線引きが曖昧なまま提示されてしまっていることは、ある意味問題と見ておいたほうがいいかもしれません。回避策として、「背中に羽の生えた天使ザル」「一本足のモノフラミンゴ」「シマシマ模様のシマキリン」というような感じで、それぞれの動物の存在自体をはっきりと非現実化することなどが考えられます。
読者を意識すること。プロであろうと日曜作家であろうと、そうした姿勢が必要なのは同じです。何もコマーシャル路線で作品を組み立てようということではありません。読者本位で作品に向き合い、たしかな目をもって創作に取り組んだときにはじめて、その書き手は「作家になる」準備ができたといえるのかもしれませんね。
※この記事は弊社運営の【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】掲載の記事を再構成して作成しています。
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