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ショートショートの名手といえば、日本では星新一、筒井康隆らの名が一等に挙がります。ほかにも人それぞれ、いくつかの名前を胸中に思い浮かべることでしょう。が、どうしたことか、その大半は当然のようにSF系。というか「ショートショート」という語がすでに「ちょっと不思議な短編」というSF的ニュアンスを含んでいるといえるかもしれません。ただ明確な定義はないので、広義に捉えればジャンルは限定されず、ショートショートすなわち掌編と見てよいのでしょう。だから小説を書こう、では手はじめにショートショートでも……と机に向かったからといって、なにも思考を即SF調にシフトする必要はないのです。すでに常客を得ているSFの巨匠たちの庭で、ひと暴れしてやろうと野心に燃えているなら話は別ですが、ショートショートをもっと自由に捉えて気軽に筆を執ってみることをお奨めします。
とはいえショートショートの創作とは、言うは易く行うは難しの典型といえます。そもそも、ごく限られた字数にミニマムな情報を収め鋭くひねりを効かせる、あるいは落差の激しいオチをつけるというのは、玄人の技であり特別なセンスが求められるものです。「ショートショート」という軽やかな響きは、読み手にとっての軽さであって、書き手にとっては完全にその逆なのです。ゴルフをやる方であれば、ショートホールの難しさを思い起こしていただくと腑に落ちるでしょうか。短いから容易に書けるのではなく、短いからこその難しさがあるわけです。
ふだん原稿用紙400枚500枚、あるいは1000枚を平気の平左で書いて、しかしながら結果として要領を得ない散漫な話になってしまったナァなんて感じているような方にこそ、ショートショート創作に一度取り組んでみていただきたいところです。もちろん、まだ一篇の小説を書いたことがない方だって、原稿用紙数枚に細緻な世界を描こう! と断固たる決意をもってショートショートにチャレンジする価値はおおいにあります。その際、冒頭に書いたように盲目的にSFへと向かうのではなく、もう少し身近な、日常と地続きのジャンルを選んでみてはいかがでしょう。ぎゅっと凝縮された濃密な世界。ここで掲げるのにうってつけの創作テキストが、童話作家・新美南吉の掌編です。
その遊びというのは、ふたりいればできる。ひとりがかくれんぼのおにのように眼をつむって待っている。そのあいだに他のひとりが道ばたや畑にさいているさまざまな花をむしってくる。そして地べたに茶飲茶碗ほどの――いやもっと小さい、さかずきほどの穴をほりその中にとってきた花をいい按配に入れる。それから穴に硝子の破片でふたをし、上に砂をかむせ地面の他の部分とすこしもかわらないようにみせかける。
(『花をうめる 新美南吉童話作品集5』大日本図書/1989年)
『花をうめる』は原稿用紙10枚ほどの掌編。花を土に埋めて探しあてるという遊びに、子どもながら主人公の「私」は、その行為自体の美しさや純粋さをほんのりと感じていました。ひとりが鬼になって競いますが、勝ち負けよりも、土のなかの花の美しさを思い描き、それを求めてやまないのでした。この繊細な感触は、上掲の引用文だけでは伝わりづらいかもしれませんが、たとえば宝物探しゲームの楽しさが、成果物以上にそれを探し求める際のワクワク感にあるようなもの、といえばなんとなく掴めるでしょうか。
「私」はある日、仄かな恋心を抱いていた少女を交えて花探しに興じるのですが、鬼の「私」はどうしても見つけられず、降参しても埋めた場所を明かしてもらえません。そこには子どもの残酷な企みがあったのですが、それを知ったとき、「私」の子ども時代にはひとつのピリオドが打たれます。花の美しさ、少女の美しさ、どれが本物でどれが偽物だったのか――短い物語はそんな繊細な問いを囁きかけてくるようです。
『花をうめる』を読むと、どんな物語にも適したふさわしいボリュームがあるのだということをひしひしと感じます。いくつもの場面を細緻に描き込んでも数枚で完成する、それがベストな長さとなる物語は、確かにあるのです。濃密な掌編を描き上げるための大きなポイントは、ひとつの象徴的なフレーズ、行為、モチーフを作品の核に据えること。『花をうめる』では、いうまでもなく花を埋める遊びが物語の中心を占め、そのまわりを順次エピソードが巡っていき、最後にさりげなく重要なドラマ性が付与されています。これこそが、ショートショート創作の王道といえましょうか。時代や人を層のように積み重ねて描く長篇小説とは異なり、ひとつの転機そのものにフォーカスし、その瞬間を捉えるのに必要最小限の人物や設定を配置する創作アプローチが求められるのです。
山から里の方へ遊びにいった猿が一本の赤い蝋燭を拾いました。赤い蝋燭は沢山あるものではありません。それで猿は赤い蝋燭を花火だと思い込んでしまいました。
猿は拾った赤い蝋燭を大事に山へ持って帰りました。
山では大へんな騒になりました。何しろ花火などというものは、鹿にしても猪にしても兎にしても、亀にしても、鼬にしても、狸にしても、狐にしても、まだ一度も見たことがありません。その花火を猿が拾って来たというのであります。
(『赤い蝋燭』/『新美南吉童話集』所収/岩波書店/1996年)
新美南吉にはもう一篇、とても愛らしい掌編童話があります。それは、花火(実はただの赤い蝋燭)を拾った猿のお手柄に動物たちが色めき立ち、“衆獣環視”のもと花火を打ち上げる一大イベントが催されるという物語です。動物たちが固唾を飲んで見守るなか、蝋燭がただただ静かに燃えつづけるラストシーンは、想像するほどにクククと笑いが込み上げてきます。「赤い蝋燭≒花火」のモチーフが情景的にも中心に配されていて、これからショートショートや掌編小説を書こうという方にも、童話を書こうという方にも、参考になるところ大の一作です。
ヒッ! と瞬時に背筋を寒くするホラーやSFもいいけれど、わずか数枚で心を潤してくれるショートショートも捨てがたいもの。F難度のひねり技で読み手を驚かすショートショートもあれば、幾種類もの花を取り合わせた美しい花束のような物語だってアリなのです。大切なのは掌編のボリュームにふさわしい精巧な物語を組み立て、迷いなく無駄のない筆致で書き上げること。世には数多の優れた掌編小説があります。それらを味わい実感することは、明日の創作に大きなプラスとなるでしょう。たった5分で上質の文学世界を逍遥できるなんて、何という贅沢。重い腰を上げる必要もなく、気持ちひとつで取りかかることができるのですから、ひとつ読んではそれにインスパイアされた一篇を書いて……なんてことを日課にするのも無理な話ではないのです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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