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50年以上ものあいだ、第一線で活躍した絵本作家にして日本絵本界の重鎮、加古里子。氏は2018年に死去しましたが、その代表作といえば「だるまちゃんシリーズ」です。知らない人が聞けば、「だるま?」とキョトンとするかもしれません。なるほど、近年の傾向からすると、伝統玩具の「だるま」を主人公に据えた本作はいささか変わり種かもしれません。物語は、その主人公のだるまちゃんと個性豊かな各界の友人たちとの交流を描いています……とさらりとシリーズ概要を書いてみましたが、これではどこといって特徴のないありふれた筋で、その凄さを語るには説得力をまったく欠いているかもしれません。しかしそれは本稿筆者の筆力の問題として脇に置いていただくとして、どうか加古里子の「だるまちゃんシリーズ」への興味まで失わないでください。そもそも物語の真の魅力は、“あらすじ”からは推し量れないものなのです(言い訳:絵本ということもあるし……)!
さて、だるまちゃんの友人。個性豊かといったって、虫の居所が悪いと高笑いするとか、朝起きるとまずは逆立ちしながらハーモニカを吹くとか、そういう性格的・人物的な個性の話ではありません。何しろ主人公が「だるま(達磨)」なのだから、その友だちだって同系統の個性のもち主でないと釣り合わないわけで、各作品でパートナーを務めるのは「てんぐ(天狗)」、「かみなり(雷)」、「におう(仁王)」、「てんじん(天神)」と、むかし話の世界からスカウトしたに違いないユニークな面々なのです! ……とアピールしても、本シリーズ未読の人であれば、達磨に天狗や仁王が加わろうが、「それの何がおもしろいんだ?」と疑念の色濃く眉間にシワを刻むかもしれません。
しかしですね、こちらのPR力のなさを棚に上げ逆ギレするわけではありませんが、達磨や天狗が織り成す絵物語の可能性に疑問露わな人は、作家になるための第一適性においてすでに怪しいといえるのかもしれません。先入観、思い込みの色メガネは外してほしいのです。達磨や天狗というキャラがいくら古風に感じられたとしても、本シリーズを甘く見てはいけません。主人公の「だるまちゃん」はとてつもなく強力です。何が強力って、超能力を使うとかそういうファンタジックな力の話ではなく、販売力がです。何しろ、加古里子の絵本は、親子三代にわたって愛読されることも少なくない、令和の時代においても版元・福音館書店のレジェンドかつ現役バリバリの主力です。それを達磨でしょ? 天狗でしょ? しょせん時代遅れでしょ? などと軽んじた方は、己の不明を恥じなければいけません。時代遅れであれば、一代目、二代目まではともかく、三代目の読者までは獲得できません。本シリーズの真骨頂、その息の長い人気の秘密を知りたいと思う探究心を備えてこそ、作家適合者。本稿に目を通したら、ぜひ「だるまちゃんシリーズ」のどれか一冊を読んでみてください。この異様なまでに「だるまちゃん」を推す論調にも、ニンマリと同意の笑みを浮かべていただけるはずです。
シリーズ第一作『だるまちゃんとてんぐちゃん』の出版は1967年。核家族化が進みはじめた時代といっても、当時はまだまだおばあちゃんの膝でむかし話を聴くような生活背景があり、神棚に達磨が飾ってあったりもして、達磨も天狗も馴染みやすいキャラクターであったと想像されます。逆に現代は、達磨も天狗も縁遠い存在だからこそ、かえってもの珍しく、興味を惹きつけるのではないか、それがロングセラーの一因ではないかというと、それは違うでしょう。同シリーズを読むぐらいの就学前の子どもたちの社会においても、トレンドに関する感覚は案外シビアです。戦隊モノの旧作は一顧だにされませんし、芸人さんの一発ギャグにも流行があると彼らは知っています。それゆえに、そうした時代性、流行性の枠組みとは離れたものへの眼差しも確かだったりします。要するにおもしろいものはおもしろいと。理屈もトレンドも関係ないのです。顔のないちくわが主人公の絵本(当ブログ記事:「絵本を描く。それは子ども心への挑戦」参照)をおもしろがるような普遍的な価値観を備えている彼らにとっては、達磨だろうと天狗だろうとただのキャラクターに過ぎません。それに普遍性を付与しているのは、作者である加古里子なのです。
だるまちゃんは また うちへ かえって
「てんぐちゃんの ような ぼうしが ほしいよう」
といいました
おおきな だるまどんは
たくさん ぼうしを だしてくれました
(加古里子作・絵『だるまちゃんとてんぐちゃん』福音館書店/1967年)
生活のなかで、日常の遊びのなかで、育まれる創造力。自分で考え、実行するための想像力。「だるまちゃんシリーズ」は大人が読んでもおもしろいのですが、それは、ああ、むかし読んだよなあ……という読書体験に対する郷愁ではなく、子ども時代の思考や感覚への郷愁なのではないかと考えられます。この違い、わかるでしょうか。大人は、子どものころの感性や知性を育てて成長するわけですが、もともとの根が枯れてしまったわけではありません。しかし意識は花を咲かす枝葉にばかり向いてしまっています。いまや自らに備わっていることも忘れてしまったかのようなその根を、だるまちゃんたちはくすぐるのです。いっぽう、自由な想像・創造を自家薬籠中のものとしている人たちは、いまなおその根から新芽を芽吹かせています。加古里子もそのようなとびきり純粋な感性をもちつづけたわけで、「だるまちゃんシリーズ」は、私たちのなかに眠る「想像」と「創造」の原始の力を呼び覚ましてくれる作品群といえるのでしょう。
さらに加古里子は、想像力はもちろん作家の計算と広範な知識をもって細心の描き込みを行っています。『だるまちゃんとてんぐちゃん』では古今東西の帽子や靴を一面に広げ、『てんぐちゃんとかみなりちゃん』ではかみなりシティを未来都市のように描きました。そして、てんぐちゃんを羨み真似っ子に精を出すだるまちゃんの逆転劇は予想を覆します(よくわからないと思いますので同作を読んでみてください)。伏線を張り巡らせつつすべて回収していく展開。その、そのさりげなくも手の込んだユーモアには、子どもに読み聞かせている大人のほうまで思わず笑ってしまうこと必至です。親だって子どもだって、決してストレスの少なくない現代社会。親子の心温まるお休み前の絵本タイムを創り出す加古里子という絵本界のレジェンドの仕事は、やはり伊達ではないのです。
それにしても、むかしの遊びは豊かです。伝統的なアイテムは目を見張るほど豊富で大胆な創造性に溢れています。「だるまちゃんシリーズ」の物語のアイデアは、100年近くも前、おそらくは加古里子の幼少時代の体験にルーツをもつもののはずなのに、少しも色褪せません。もともと子どもたちの感応力には優れたものがあります。デジタルな最新アイテムと同じように、アナログな伝統アイテムだって難なく受け入れることでしょう。“遊び”だって同様です。現代の子どもたちが精巧なゲームにみるみるハマっていくのには、大人とは少々違う心理や思考の経路を辿っているようにも感じます。単純な没入感や射幸心への欲求や現実逃避というより、ただただシンプルで新鮮な“遊び”への挑戦という活力に満ちた要素があるのではないでしょうか。「だるまちゃんシリーズ」の絵本に親しんだ子どもたちには、豊かな遊びの根がしっかりとおろされるはずです。それはやがて豊かな実りの時を迎えるであろう、枯れることのない根です。絵本作家になりたいと志すあなたなら、そんな絵本を描きたいと思わないでしょうか。そしてここであえて厳しい現実をお伝えしておくと、故人となった加古里子がいまも現役バリバリであるように、絵本というジャンルはレジェンドが幅を利かす新規参入が困難な市場です。及第点レベルの優良作品では、その牙城に迫ることは不可能です。このジャンルのそうした一面から考えても、「本物」を描き起こす以外に、道は拓けないと考えていいのかもしれません。ということは……はい、次はあなたがレジェンドになる番です。一点突破の心がまえで臨もうじゃありませんか!
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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