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「小説家になろう!」と一念発起した人は、まずは原稿用紙を前に万年筆にインクを吸わせたり、パソコンを前にタバコをふかしてみたり、タイトル案を何本か並べてみたり、冒頭を何度か書き直してみたりしつつ日常の用事も済ませて、その翌日の晩ごろになると、いくつもの壁が自分の周囲に屹立していることを知るはずです。そのうちのひとつが「描写」。そう言いきれるほど、「描写」は小説ジャンルの重要なエレメントなのです。
描写する対象によって種類はいくつかにわかれますが、大別すると「人物描写」「情景描写」「心理描写」といったところでしょうか。ここでは三つのうちの「人物描写」を取りあげてみます。この人ならどう行動するだろう――そんなふうに登場人物を具体的にイメージしてストーリーを書き進めていくと、作品世界は作者さえ想定していなかった展開を見せることがあります。そんな好循環を早めにつくりだすためにも、「人物描写」を「基礎」と見なしておくことは得策であるはずです。
小説内で人物を描くとき、人物造形が重要なのはもちろんです。主要登場人物にそれぞれの履歴書を書いておくことが小説執筆の一助となるのは別の記事でも書きました。そこでは、年齢や生い立ち、顔つきや体形などが設定され、本文中でも随所で読者に示される情報です。ただ、あくまでもそれは登場人物のスペックを説明しているに過ぎません。お見合いでいえば、お相手のお家柄、学歴や職歴、友人関係、年収などが書かれた身上書がそれにあたるでしょうか。でも、書面上のスペックだけでは、お相手がやさしいのか、短気なのか、明るいのか、わがままなのか、おとなしいのかなど、ともに生きていくうえで必要な「人柄」は皆目わかりませんね。そこで、目で見たその人のありのままを描く「人物描写」が必要となるわけです。
テレビドラマやコミックの世界では、自分のスペックをもって女性を魅了できると勘違いしているイケメン高学歴男などが登場しますね。彼らが必ず失敗に陥る人物として描かれる理由は、「人柄」をもって異性を惹きつけようとしていないから。同じように、小説内の登場人物だって「人柄」を示さない限り、読者の心理をなびかすことはできません。
では、どうすれば「人物描写」が成功するかといえば、文字どおり「描く」ことです。人物を描くというより、当の人物がいままさにとっている「挙動」そのままを描くという説明のほうが理解しやすいかもしれません。次の文章を読んでみてください。太宰治の『斜陽』の冒頭です。
お母さまは左手のお指を軽くテーブルの縁にかけて、上体をかがめる事も無く、お顔をしゃんと挙げて、お皿をろくに見もせずスプウンを横にしてさっと掬って、それから、燕(つばめ)のように、とでも形容したいくらいに軽く鮮やかにスプウンをお口と直角になるように持ち運んで、スプウンの尖端から、スウプをお唇のあいだに流し込むのである。そうして、無心そうにあちこち傍見(わきみ)などなさりながら、ひらりひらりと、まるで小さな翼のようにスプウンをあつかい、スウプを一滴もおこぼしになる事も無いし、吸う音もお皿の音も、ちっともお立てにならぬのだ。
(『斜陽』太宰治・著 新潮社/1994年――青空文庫より ルビは引用者による)
「お母さま」が「スウプ」を飲む一連の動作が描かれています。そこでの一挙一動は、優雅さに加え、どこかかわいらしさも感じさせる女性像を読者の目に浮びあがらせます。このような人物描写を文中に配置することで、「お母さま」が、所作を備えた“はんなり”な人物であることを読者に示しているのです。
このように、人間の人柄や特性は行動、とくに「もの」の取り扱い方に表れるものです。ある人物を描く場合、その人の性格をそのまま言い表すよりも、立ち居振る舞いを描写することで、人物像をより巧く読者に伝えられることがあります。この登場人物だったら、この場面でどのように振る舞うだろうか? それを見て自分ならどう感じるだろうか? そんなあたりを徹底的に考え抜いて描くことが、人物描写の秘訣といえるでしょう。
※この記事は弊社運営の【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】掲載の記事を再構成して作成しています。
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