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詩は難解なもの、という意識をもつ人は少なくありません。わからないがゆえに敬遠し、読まず嫌いになって、ますます詩から遠ざかる……と“詩離れループ”に陥るケースも多々あるようですが、これは残念なことですね。書くほうについていうなら、詩を読まず嫌いの人だって、自分の思いをちょっとした文に書くということくらいあるはず。それは「散文」とも呼ばれる文章ですが、詩と散文はとても近しい関係にあります。元来、人が思いを文章化するという行為は、芸術活動とは関係なくごく自然なことでしょう。童謡『たきび』の作詞者として知られる児童文学者・巽聖歌は「詩のはじまりは、神さまへのおいのりだった」という言葉を残しています。つまり、誰もが抱くに違いない心からの真摯な思い、それを言葉に表したのが「詩」の起源であるというわけです。
翻って、詩を読むということを考えるなら、すなわち詩作者の心を読むこと、心の風景に触れること――になるでしょう。そして、このような詩の鑑賞に必要なのは、暗号を解くごとき特殊技能ではなく、詩のなかの“心”を感得する自然体の素直な感性です。一見難解な詩にがっぷりよつに組む姿勢ではなくて、必要とされるのは鑑賞者の「やわらかな心」なのです。そんなふうに詩を読み詩に親しむことができれば、おのずから詩を書くあり方も変わってくるでしょう。祈り、願い、心のなかの強い思いを詩の風景として描くためには……、そう、だからこそ「詩を読む」必要があるのです。
馬は 優しい目をあげ
耳を澄ます
太陽の光はきらめき
ポプラの枝先はゆれて 風が渡る
風に言葉
光に言葉
木々の葉に言葉
私たちにはわからない動物たちだけに
聞える声が
あ あるのだ きっと!
これは詩人・高田敏子の『風に言葉』(『詩の世界』収載/ポプラ社/1996年)という詩。実は、詩を読むにも書くにも、とてもよいヒントを与えてくれる一篇なのです。なぜかというと、この詩がちょっと面白い方法を実践して書かれているから。高田敏子はあるとき雑誌をめくっていて、2本のポプラの木を背後にした2頭の馬を写した写真にふと目を留めました。そして、われ知らずそのグラビアページをじっと、じーっと見つづけ、その結果できあがったのが、この『風に言葉』なのでした。そのときの“凝視ぶり”を高田はこんなふうに語っています。
写真の風景のなかに、いつのまにか自分もすっぽりはいって、馬の姿を見つづけていました。たぶんそれは一時間以上も見ていたと思います。
すると、馬の姿は、もう写真ではなく、ほんとうの馬にも見えてきました。馬の目がわたくしを見、それから空を見あげ、そして、馬の耳がピクッと動いたように思いました。
『風に言葉』はこのように一枚の写真から高田を媒介として生まれた詩であるわけですが、この詩に触れる読者にしてみれば、元々の馬の写真は作品の資料程度に距離のあるものですし、その写真のイメージに囚われる必要もありません。けれど高田の写真の“読み方”こそは詩の読み方そのものですから、高田が雑誌のページを凝視したように『風に言葉』を読んでみてください。意味を読み解こうなどとせずに、詩の風景に自分を置くように、空気を肌で感じるように味わうことで、元々の写真とはまた別の風景が見えてきはしませんか。詩を鑑賞するときには詩句を幾度も書き写すという詩人もいるほどで、一篇の詩を読み味わうには、じっくりゆっくりと向き合う姿勢がものをいうようです。
詩人の茨木のり子は、詩に親しむ若い世代が増えるようにと『詩のこころを読む』を著しました。いわば詩の読み方入門書であるわけですが、技術的・専門的ノウハウを指南するのではなく、みずからの好きな詩を挙げ、その詩をどのように味わったか解説することで「詩のこころの読み方」を伝えようとしました。読み方の解説といったって、そこにも堅苦しい詩論は気配すらありません。ひたすらに平易な親しみを感じさせる語り口で、大切な秘蔵品を紹介するように、それぞれの「詩のこころ」について語っているのでした。
女性は男性よりさきに死んではいけない。
男性よリー日でもあとに残って、挫折する彼を見送り、又それを被わねばならない。
男性がひとりあとへ残ったならば誰が十字架からおろし埋葬するであろうか。
聖書にあるとおり女性はその時必要であり、それが女性の大きな仕事だから、あとへ残って悲しむ女性は、女性の本当の仕事をしているのだ。
だから女性は男より弱い者であるとか、理性的でないとか、世間を知らないとか、さまざまに考えられているが、女性自身はそれにつりこまれる事はない。
これらの事はどこの田舎の老婆も知っている事であり、女子大学で教えないだけなのだ。
(永瀬清子『悲しめる友よ』/『流れる髪 短章集2』収載/思潮社/1977年)
永瀬清子は、主婦として家庭を切り盛りし農業を営みながら詩を書きつづけた詩人です。『悲しめる友よ』の詩の形は、夫か恋人を亡くした友を慰めるというもの。友に伝えられるのは、いかに損な役まわりであろうと、悲しみに耐えて男を見送ることは女性の仕事なのだ、という断固たる言葉です。この詩について茨木は、女性の重要な仕事の一部分を教えられる詩、と自身の所感を述べつつ世相にもしっかりと目を向けています。
女の本質に、じかに触れているところがあり、その触感を残すために、大きく切りすててしまった部分があり、ために、あまりにも独断的思考ととる人があるかもしれません。作者は別のところで、独断を恐れていては一篇の詩も書けないと言っていますが、私もそう思います。
(茨木のり子『詩のこころを読む』岩波書店/1972年)
茨木のこの解説を読んで『悲しめる友よ』を反芻してみると、永瀬清子という詩人の姿がより鮮やかに立ち現れてくる気がします。友の悲しみを諭す永瀬清子もまた同じ悲しみに耐えてきた女性であり、見送った男の最期の思いや息遣いをその胸に刻んで、女性の役割を生の実感として身に付けてきたのだということが想像されてくるのです。女性の社会進出も進んだ現代においては、そんな女性像なんて時代錯誤よという反論も確かにありそうですが、経験を経た実感こそは、含蓄ある「独断」を育て詩人の資質を磨くものではないでしょうか。
文芸作品を読む=その内容を理解する――という思い込みが、まずあるようです。もちろん理解しつつ楽しんだり感動できたりすれば、それに越したことはないですが、いっぽうで、楽しさや感動が理屈で説明しきれない「心の反応」であるのは事実ですから、心で感じることと考え理解することはそもそも別物といえます。つまり無理に理解しようとしなくても、文学や芸術を鑑賞することはできるのです。詩を書きたいと思う人も、詩を読んで味わいたいと思う人も、そのことを認識する必要があるでしょう。
もともと、日本人は詩との出会いがよくないのだと思う。大多数の人にとって、詩との出会いは国語教科書のなかだ。はじめての体験、あたらしい魅力、感じ取るべきことが身のまわりにみちあふれ、詩歌などゆっくり味わうひまのない年齢のうちに、強制的に「よいもの」「美しいもの」として詩をあたえられ、それは「読みとくべきもの」だと教えられる。
わからないことをうけとめて肯定すればいいのに、「作者の感情なり意見なりがかならず詩のなかにかくされていて、それを発見するのがゴールだ」という考え方にとらわれていると、わからないことがゆるせない。
詩はなぞの種であり、読んだ人はそれをながいあいだこころのなかにしまって発芽をまつ。ちがった水をやればちがった芽が出るかもしれないし、また何十年経っても芽が出ないような種もあるだろう。(略)いそいで答えを出す必要なんてないし、唯一解に到達する必要もない。
(渡邊十絲子『今を生きる現代詩』講談社/2013年)
「日本人は詩との出会いがよくない」と詩人の渡邊十絲子はいいました。出会い方が悪いとあとを引くということはままありますが、人間同士の出会いと違って、詩が相手なら何度でも出会い直すことができるし、たちまちよい関係に改善されるケースだって少なくないでしょう。何はなくともいえるのは、詩を書きたいと志す人ならば、やっぱり詩を読めたほうが断然よい、ということです。「詩を読む」ということは、詩と出会い向き合うこと。出会い方のおもわしくない詩があったのなら、何度でも出会い直しましょう。頭で理解しようとする強引な出会い方ではなく、美術館でお目当ての絵を眺めるような穏やかな出会いからはじめれば、詩の世界は広やかに澄み渡っていくことでしょう。「詩を書くために詩を読む」――それは見落とされがちな、詩作の土壌を豊かに耕すために大事な基盤なのです。
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