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「オリジナリティー」とは、クリエーションの仕事の周辺ではやたらと耳目に触れる言葉です。オリジナリティーがあるのないの弱いの欠けるの……と、それはもううるさいくらい。仕上がってきたクリエイティブを褒めるにもケチつけるにも便利な言葉です。そういう意味では、使用者がこの語に託す趣意「独創性」に反して、無茶苦茶に手垢のついた常套句だともいえます。それが「オリジナリティー」。この語を用いてあなたの創作物を評する人物がいたら、もうその時点で眉唾ものだと判断していいかもしれません。
さてしかし、これほどオウム返しのように用いられるとなると、そもそもオリジナリティーとは意識的につくり得るものなのか? 仮にできたとして、そんな意識的なオリジナリティーを本当に独創と呼べるのか? なんて疑問が湧くというものです。作家たる者が、独創的たらんと鼻息荒く肩に力を入れてコトをなすこと自体、なんというか本末転倒のいささかブザマなような気もします。なぜって、オリジナリティーとは、人とは異質の才が結実した成果をそう呼ぶのでしょうが、それを闇雲に狙った結果多くの人がハマるのが、“蠱惑の近道・人とは違う道”であり、それは他者を最大の基準に据えた、ただただ異質なだけの特異性だからです。しかし人は、往々にしてこの正反対の方角に歩を進めてしまうもの。というわけで今回は、真のオリジナリティーとはいったいどのように醸成されるものなのか――これについてちょっと考えてみたいと思います。
私は人々がオリジナリティーにこだわることが大嫌いなだけなのである。
(ジャン・コクトー著・山上昌子訳『白書』求龍堂/1994年)
20世紀初頭、20歳で処女詩集を発表して以降、死ぬまで時代の寵児でありつづけたひとりの天才がいました。男を愛し、女に愛され、タナトス(死への誘惑)を宿命のように背負い、小説家であり、詩人であり、画家であり、劇作家であり、映画監督でもあった、その男の名はジャン・コクトー。華やかなりしベル・エポックの世界を遊泳し、引用句に表れているように終生「オリジナリティー」に背を向けて活動した芸術家です。
ピカソ、ニジンスキー、ディアギレフ、ココ・シャネルといった超一流の芸術家たちとともに一時代を築き、死後半世紀以上が経った現在でも強烈な威光を放つコクトーは、もちろん凡庸とはほど遠い存在です。1889年、フランスはパリ郊外に生まれ、ブルジョワ階級の家庭には常に芸術的な香りが満ちていたといいます。そのなかでコクトーは、演劇への興味を植え付けられ、スケッチを試み、詩に目覚めました。コクトーの芸術を語るうえで、彼が生涯血のように内にもちつづけた「死」というキーワードはこの幼少期に顕現します。
最初の「死」は父でした。コクトーが10歳に満たないころ、ブルジョワ家庭は破産の危機に瀕し、ついに父はピストル自殺を遂げます。それは、「死」というテーマを終生の課題としてコクトーに刻印した重大な事件でした。そして1923年、最も衝撃的な「死」が34歳のコクトーを襲います。20歳の愛人、早熟の天才レイモン・ラディゲが突然病死したのです。根深いタナトスに取りつかれたコクトーは、その後8年間、ひたすら阿片に溺れて暮らします。コクトー自身の死も劇的です。親友のシャンソン歌手エディット・ピアフの死の報に接し打ちのめされたその夜、心臓発作に見舞われ急死したのでした。
コクトーが死の観念を最も美しく表現したとされる小説、それはラディゲを失った阿片中毒の療養中に執筆された『恐るべき子供たち』です。子どもの世界を描きながら、ギリシャ悲劇の格調高い詩調をもつこの作品のモチーフは、コクトーの少年時代にありました。父の死後、母方の祖父母とパリで同居するようになった11歳のコクトーは、リセ(高等学校)の付属学校に通いはじめます。しかし「私の本当の学校の思い出は、ノートが閉じられたところから始まる」(堀口大學訳『わが青春記』/『ジャン・コクトー全集』第5巻/東京創元社/1987年)と書き残しているとおり、むら気があり成績の芳しくなかったコクトー少年の学校生活はむしろ、放課後の街路にこそありました。その克明な観察は『恐るべき子供たち』のなかに完璧に生かされています。
走る車のなかで、ジェラールは、ついさっき友人がもたれかかっていた片隅に身を沈めた。頭をのけぞらせ、道路の凹凸に合わせてわざとぐらぐら揺らせた。遊戯をする気にはなれなかった。苦しんでいたのだ。あの夢のような車の旅のあとで、ジェラールは、ポールとエリザベートの生活の現実を見て、がっくりと気落ちしていた。エリザベートがジェラールの夢をうち砕き、ポールの弱さには残酷な気まぐれが絡みついていることを思いださせたのだ。ダルジュロスにうち倒されたポール、ダルジュロスの犠牲になったポールは、ジェラールが奴隷として仕えていたポールではなかった。
(ジャン・コクトー著・中条省平・志穂訳『恐るべき子供たち』光文社/2007年)
『恐るべき子供たち』には、死の観念以外に、後年芸術家として名を馳せたコクトーのユニークな感覚が、少年時代から発揮されていたという明らかな印を見ることができます。まず、主人公が愛する「ダルジュロス」という少年のキャラクター。素行不良で放校となる美しい少年と同じ名前の生徒が、実際コクトーの同級生にいました。この少年にコクトーは執拗な興味の目を向けます。やがて現実のダルジュロス少年から離れて独り歩きをはじめ、「獣のような美しさ」とまで形容され昇華された存在となった《偶像ダルジュロス》は、のちもさまざまな作品に登場することになります。さらにもうひとつ、『恐るべき子供たち』に描かれた《偶像ダルジュロス》と同様に、その後さまざまなコクトー作品に繰り返し登場したモチーフがあります。それは「雪玉」です。
一撃が彼の胸の真ん中に当たる。不吉な一撃。大理石の拳の一撃。彫像の拳の一撃。頭が真っ白になる。この世ならざる明かりの中で、ダルジュロスが壇のような場所で、腕を垂れ下げ、茫然と立っているのがわかる。
彼は地面に横たわった。口から流れた血があふれ出して顎と首とを染め、雪にしみ込んでいった。
(同上)
ダルジュロス少年により雪玉が投げられた雪合戦は、付属中学校に通うコクトーが放課後(コクトーの真の学校生活であった「放課後」)に体験した事実でした。雪玉を受けた生徒の怪我はごく軽症でしたが、「大理石」のごとき雪の一撃は、少年コクトーの脳裏に鮮烈な映像を結んで、のちにさまざまな作品に繰り返し登場することになったのです。
その大理石の拳こぶしの一撃は、雪の玉だった、
それは心臓に星を炸裂させた、
それは勝利者の制服に星を炸裂させた、
無防備な黒い勝利者に星を炸裂させた。
(岩崎力訳『詩人の血』/『ジャン・コクトー全集』第8巻/東京創元社/1987年)
「雪玉」のシーンが最も多く描かれたのは詩でした。小説を書き、絵画を描き、劇をつくり、映画を撮るコクトーでしたが、どのような芸術活動を行なっても、自分の本質は詩人であると考えていました。この詩人としての自覚も、コクトーを語る際に欠かせない要素でしょう。『恐るべき子供たち』と二重写しになるギリシャ悲劇にしても詩文芸ですし、若き大正詩人たちが憧憬してやまなかったのは、ヴェルハーレン、ボードレールらサンボリスム(象徴主義)の詩人たちとともに、いずれの主義流派にも属さないコクトーでした。
似非オリジナリティーに堕しがちな世のあり方を批判したコクトーは、自らが批判されることについて意外にもこう語っています。
人生にとって最も重要なことは周囲から批判されるところをこつこつ磨くことだ。
(マイケル・ディルダ著・高橋知子訳『本から引き出された本』早川書房/2010年)
天才コクトーをしてこう言わしめたものこそ、彼自身がその掌で感触をまさぐったはずの真のオリジナリティーなのではないでしょうか。つづけてコクトーはこう勧めます。批判してくれる友人がいなければ「すぐさま本と首っぴきになる」べき――と。人がどのような気持ちで本を求めるのかといえば、それは未知の世界、新しい世界に出会うため。つまり、自分が成長、変化を遂げることを、意識的にも無意識的にも望んだ瞬間にほかならないからです。それはすなわち、外界からの批判、もっといえば自己否定を受け入れる身構えができているタイミングです。それを受けて自分自身の改造を果たそうというスタンスが、あなたの指先から生まれる作品にオリジナリティーの金粉を少しずつ振りかけてくれるのかもしれません。人から批判されたところを磨くことは自分を変えること。だからコクトーは、批判してくれる人がいないのなら本を友として生きよと助言したのです。
徒にオリジナリティーを求むる勿れ。もとよりその創出は安易には成しえないものであるはず。外からの批判と自身の欠点に正面から向き合い、こつこつと磨いていくなかでこそ、「自分の本質」つまり真の意味での「originality」に出会うことができる。芸術や創作を志す者は、時代の寵児コクトーのこの教えをしかと刻んで、心新たに創作に取り組んでいこうではありませんか。
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