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「現代のおとぎ話」というキーワードでインターネット検索をすると、有名なむかし話が陰惨な結末に終わるブラックな話にリメイクされていたり、皮肉を効かせた小話ばかりがゾロゾロと登場してきたりして少したじろぎます。ああ、現代人はおとぎ話にこれほど冷笑的になってしまったのか――と。え? なぜたじろぐのかわからないって? いやいやあなた、おとぎ話や寓話は、特定できないほど古い時代から伝承されてきた、自然の教え、生への訓戒を込めた物語であり、大切に守られこそすれ、冷笑されるいわれなどないのです。ではなぜ、おとぎ話が、パロディとも呼べない次元にまで貶められ、これほど軽易に扱われるようになってしまったのでしょうか。もちろん、口承が尊ばれたかつての時代と情報が氾濫する現代とでは、時代の決定的な差を考えに入れないわけにはいきません。しかしもうひとつには、伝承民話やクラシックな童話を超えるおとぎ話が、いまはひとつも生みだされていない、という哀しい事情も関係しているように思えます。
確かに現代には現代ならではの、新しい感覚の絵本や童話が生みだされてはいます。けれど“おとぎ話市場”に限っていえば、いかんせん低迷の感が拭えないのです。絵本や童話だけでなく、おとぎ話だって独特の魅力を醸し出す物語がもっと創られて然るべきです。シンデレラ物語的な安易なリメイク版などではなく、時代背景や現実を絡めることで、不思議さやファンタジー性とのミスマッチ感が生み出せるはずなのです。ということで今回は、大人も子どもも楽しめる「現代のおとぎ話」についてお話をしたいと思います。これはぜひ絵本作家になりたい人たちにも挑戦してほしいテーマです。
無人島にひとつ持っていくとしたら何?――みたいな質問はしばしば耳にしますが、それと同じように、本と暮らす生活なんてどう? 友だちも恋人も子どももなしで? と人に訊かれたら、あなたはどんな反応を示すでしょうか。まあたいていの人は「えー! なにそれ絶対イヤー」とにべもないかもしれません。読書家を気取ってそれを吹聴する人だとしても、「え? だってほら、あの寺山修司だって、書を捨てよ、町へ出ようって……」と腰が引けてしまうかもしれませんね。しかし、老弱男女問わず大半の人が苦労させられる各種の勉強にしたって、ひたすら部屋に閉じこもって延々つづけていたいと熱愛する人がいるように、本があればいい、本は友であり恋人であり子どもなのだと断言する人がいたって、いっこうにおかしくないのです。人の幸せも価値観も、尺度はさまざまです。すべて既成概念にあてはめて考えるのではなく、尺度を融通無碍に、視界を広くもつことによって、おとぎ話やファンタジーの世界は思いがけず拓けていくものなのかもしれません。
『モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本』(ウィリアム・ジョイス作/おびかゆうこ訳/徳間書店/1912年)は、こよなく本を愛する青年モリス・レスモアが本とともに生き、去っていく物語です。本を友としながら暮らしていたモリス。ところがあるとき、激しい風がすべてを吹き飛ばしてしまいます。大切なものがすべて失われ途方に暮れたモリスでしたが、空を飛ぶ本に導かれ、やがて本たちが暮らす館に辿り着きます。モリスの心は本の世界を旅し、その手は装丁を修理し物語を綴りました。そうして本たちとともに年月を重ねていったモリスは、やがて自分の物語を書き終えると、本たちに見送られて旅立っていくのです――。
この『モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本』で注目すべきは、現代人の孤独を思わせるモリスの生き方を肯定し、テーマの柱とした上で、それをファンタジーに仕立てた点です。おとぎ話やファンタジーというと、やたらと現実離れした設定や展開に終始する傾向が目につきます。たとえば、少女が悲しみに暮れ月を見上げていて、月が涙を流しそのしずくが少女の頬に一滴落ちるや、彼女はきらきらとした光に包まれ夜空を舞い、街の夜景に目を見張ったり迷子になった星の子を助けたりするうちに元気になって、朝目覚めて夢かと思ったら星のかけらを握っていて、明るい空を仰ぎ見てにっこり微笑む……というような話。ファンタジックな要素がこれでもかと詰め込まれ、確かにまぎれもなくファンタジーと呼べそうですが、それっぽい意匠や演出・設定が先に立って、伝えるべきストーリーの芯はか細いままです。
絵本・童話を書きたいと目標をもつ人に留意してほしいのは、現実離れした世界を描くおとぎ話、寓話、ファンタジーであればなおのこと、人間の実人生や生活環境に同調し、読者がシンプルに共感できる物語でなくてはならない、ということです。さらにここで考えなければならないのは、逆転の思考といいましょうか、おとぎ話の世界観に実人生や生活の要素をいかに組み合わせるかということ。そこにこそ「現代のおとぎ話」のひとつの成功の鍵、質感アップの鍵があります。『モリス・レスモアとふしぎな空とぶ本』であれば、その鍵は、現代人の孤独な暮らしの暗喩となるモリスの暮らしを描き、彼のそうした実人生を認め肯定した点であったといえるでしょう。先の例でいえば、少女が悲しみに暮れ月を見上げるのはOK。ただ、ここで考えなければならないのは、なにゆえ少女は悲しんでいるのか、その悲しみはどんな時代性をもっているのか、そして同時代を生きる人々がそこにどれだけ共感できるのか――です。そこを深く考えなければ、少女の「悲しみ」もまた、ファンタジーをこさえるための単なる道具に堕してしまうのです。
シルクハットぞくは よなかのいちじにやってくる
こんなにたくさんあつまってても あしおとひとつきこえない
シルクハットぞくは まどのすきまをするりとぬけて
かぜのようにろうかをはしりぬけ まくらもとにすっとたった
(おくはらゆめ作・絵『シルクハットぞくは よなかの いちじに やってくる』童心社/2012年)
町が寝静まる夜中の一時、夜空を飛び住宅にそっと忍び込んで眠る人々の枕元に立つのは、シルクハットをかぶった謎の集団です。「シルクハット族」の活動範囲は広大、神出鬼没で世界中どこにでも突然に降り立ちます。むろん人間ばかりか動物たちのところへだって行きます。世界規模の活躍を見せる秘密結社「シルクハット族」。しかも夜夜中、いったい彼らはどのような企みをもって行動しているのでしょうか!?
実は彼らの仕事は、眠っている人々の(動物たちも)布団を掛け直してあげることでした。と、ここで笑いが弾けるかと思いきや、実際に本を手にする読者は案外じわりと感動してしまいます。不思議な能力を発揮し、どこにでも出没し、壮大なファンタジー世界を体現する「シルクハット族」。彼らが一心不乱につづけているのは、我が子の健やかな眠りを守るお母さんのような、ささやかで優しい仕事だったのです。どうでしょう、ファンタジーでありながらこの実生活との地つづきの感じは。ファンタジーや寓話、おとぎ話であろうと、読者の身に迫るリアリティをもつ必要性は他のジャンルと何ら変わりないのです。
結局のところ、現代においてリメイクやパロディではなく新しいおとぎ話をつくるとすれば、その制作過程では先達の作品たちと同じように王道を辿るほかありません。つまり、現実世界や人間の本質への洞察が欠かせないのです。それを欠いていてはただの絵空事でしかなく、どんな読者もそのような作品は求めていません。社会のシステムが複雑になり個人化が進む世にあっては、人生や人間の普遍的な性情に、より細やかに明快にアプローチする必要があるでしょう。それでも「時代」というのは、過ぎ去ってしまえば総括されるものです。ファンタジーや寓話を書こう、絵本作家を志望しようというのであれば、透徹な眼差しをもっていまの時代を見つめてみましょう。その眼が読み込む深度が、あなたの描く作品を「絵空事」に留めるのか、「輝ける現代のおとぎ話」とするのかを決める鍵になるのです。
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