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人間が他の動物より優れているところがあるとしたら、そのひとつは、観察し表現することができるという点です。そもそも、「表現すること」と「観察」は切っても切れない関係にあるといえるでしょう。そうした観察力に天性優れた存在とはいったい何者であるか?――そう、それは一も二もなく「子ども」だといえましょう。であれば、そんな子どもたちに供する「絵本」が、またその作者が、観察眼に優れていなくてもよいなどということがあるでしょうか? ……イヤ、ない。断じて許されません。つまり、絵本作家になりたいと志す者、すべからく観察力を高めるべく切磋琢磨しなければなりません。そして、子どもたちの観察眼がいかに働くものか、よくよく知らなければならないというわけです。
『かいじゅうたちのいるところ』は米国の絵本作家モーリス・センダック作の絵本、1963年初版出版、優れた児童書に贈られる権威あるコールデコット賞を受賞し、現在まで2000万部以上のセールスを誇るワールドワイドな絵本界の輝ける1冊です。物語はいかにも子どもなりの脈絡で成り立つファンタジー。イタズラのお仕置きに夕食抜きを宣告され、閉じ込められたのは寝室……のはずが、怪物の暮らす不思議空間に早変わり。主人公マックスがそこで王様となって君臨する――というお話です。やりたい放題の痛快さが弾けるインパクトある空想世界なのですが、現実世界に戻っていく展開にほんのりと愛があり、いかにも子どもらしい自由さと活力とともに、情緒的な読み味まで満ち溢れています。そんなわけで、子どものみならず大人にとっても魅力的な『かいじゅうたちのいるところ』は、2000万部超えという突拍子もないセールスも納得の1作なのです。
「では みなのもの!」マックスは おおごえを はりあげた。「かいじゅうおどりを はじめよう!」
(モーリス・センダック作・じんぐうてるお訳『かいじゅうたちのいるところ』冨山房/1975年)
『かいじゅうたちのいるところ』は、子どもの観察眼をしかと示す絵本でもありました。王様となったマックスの先導で、「かいじゅう」たちは「かいじゅうおどり」とやらを夢中で踊りだします。その姿と顔は、ときと場所が違えば身も凍るほど恐ろしいものなのかもしれません。しかしじっと見ていると、あら不思議、センダックが大人の想像力ではなく子どもの世界における子どもの観察眼を意識して、この「かいじゅう」たちを表現したのではないかと思われてくるのです。なぜって「かいじゅうたち」は、その恐ろしげな風貌にもかかわらず、ユーモラスでどこか人間臭いのです。ひょっとして彼らは、マックスの身のまわりにいる大人たちをモデルにデフォルメした、という設定でつくられたのではないか――。そこには暴君のママのイメージがあるかもしれない。小うるさい先生の分身がいるかもしれない。ママにちょっと弱くておべっかみたいな笑みを浮かべるパパが見つかるかもしれない――。そうした子どもらしい観察眼を思わせる豊かな表現が、他の追従を許さない生気とユーモアにおおいに貢献しているに違いありません。
一方、観察眼に優れた子どもに勝負を挑むかのように、身のまわりのさまざまなことを“これでもか”と観察する代表格はヨシタケシンスケです。ヨシタケ氏が絵本作家としてはじめて認知されたのは、40歳になってから。しかし、遅咲きのその絵本、氏の初のオリジナル作品『りんごかもしれない』は、なんと65刷と版を重ねたというから仰天ものです(しかも刊行後4年で)。そんな超売れっ子ヨシタケ氏は、ネタ帳をもって町を歩き、電車に乗り、周囲を観察します。感動的な風景なんぞをスケッチするわけではありません。ちょっとしたヒントを拾ったら、思うままアイデアを絵に起こしていく――。ヨシタケ氏の「観察」は、徹頭徹尾お題づくりのための観察なのです。
このままずっとぬげなかったらどうしよう。
ぼくはこのままおとなになるのかな。
そうだよ! ふくがぬげないんだったら、ぬがなきゃいいんだ!
(ヨシタケシンスケ『もうぬげない』ブロンズ新社/2015年)
自分で服を脱ごうとしてうまく脱げず、身動きできなくなった子を眼にすれば、「延々服を脱げない子ども」というお題が生まれ、服を脱げない子どもはどうやって生きていくかと、ストーリーはいまだかつてない展開を見せていきます。そのユルくも鋭い物語は、たったひとつの「観察」から生まれ育っていったのだと心に刻みましょう。
前出のデビュー作『りんごかもしれない』では、氏はそれこそ眼を皿のようにしてまじまじとりんごを観察したはずです。といっても、絵本作家の観察眼はリアリズムの画家の眼とはまったく違います。氏は、リアルなモチーフの向こうに見える、別の世界、新しい物語に目を凝らしたことでしょう。それぞ、絵本作家になるために必要な観察眼であり、モチーフをとおしてお題やネタへと導く入口を探り当てるということ。とどのつまり「観察」とは、絵本作家になりたい者にとって、身を粉にして励む価値のある日々のルーティン・ワークなのです。ありふれた毎日の暮らしのなかに「観察」の意識をもち込めば、何でもないような事物の背後で、いつもは見えない影がササッと動くことがあるかもしれません。そのときに覚える胸のざわつきを決して軽んじてはいけません。小さな火種から松明を熾すかのように、そーっと息を吹きかけて「観察」から得た着想を大きく育てていくのです。そうしたある種「無垢」ともいえる精神のあり方が、子どもに通用する一作を産むはずなのです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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