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2020年、いよいよ東京オリンピックが開催されます。そこに向かう世間の高揚感をわきに追いやり、唐突に思い致したのは、戦後驚異的な復興を遂げた都市「TOKYO」で開かれた1964年の前回大会……ではなく、巷でも「預言だったのか!?」と噂される伝説の漫画『AKIRA』。作者「大友克洋」の名を全世界に知らしめた一作です。
ファンにはいまさらな話ですが、第三次世界大戦終末後の「東京」を舞台に描くこの物語の舞台背景は、私たちがいままさに生きている2019年。そしてその翌2020年には、東京オリンピックが開催されるという設定まで描かれています。第1巻のリリースは1982年のこと。じつに38年後の世界的イベントの開催をピタリと言い当てた大友克洋は預言者なのか――という議論はさておき、この漫画は特筆すべきポイントをいくつも具えています。そしてそれら数々のポイントは、「本を書きたい」「作家になりたい」と思う者にとって、机正面にペタリと貼って日がな睨むに値する“創作の奥義”ばかりなのです。
1982年から1990年にわたり週刊ヤングマガジン誌上で連載された『AKIRA』は、その系譜を継ぐ作品『新世紀エヴァンゲリオン』より10年以上先んじています。ですが、エヴァンゲリオンやその他の同系統作品のサーガ的な大作ぶりに比して、『AKIRA』は、漫画版はもちろんアニメ映画化されても、カルト的な匂いを減じることは一切ありませんでした。実はそれこそが『AKIRA』の本質であり、大友のもち味であり、ある部分で抜きん出たこの作品の特筆すべき点ではないかと考えられるのです。
第三次世界大戦後に新たに建設された都市「ネオ東京」を舞台に、巨大能力をもつ超人的な存在に翻弄される人間社会を描く『AKIRA』。核となる人物は3人。元暴走族のリーダーで世界の破滅に抗う勢力の中心的存在となっていく金田、金田の仲間であったがある事故をきっかけに超能力が発現し次第に怪物化していく鉄雄、そしてコールドスリープ状態からやがて目覚める謎の超能力少年アキラ。彼らの役どころをざっとカテゴリー分けすると、金田=人類、鉄雄=怪物、アキラ=人類や怪物を超える一種の形而上的存在――ということになり、世界消滅の運命はこの三者によって左右され終幕へと向かっていきます。この三者の位置づけ、キャラクター性が『AKIRA』解明のポイントその一です。
アキラはまだ俺達のなかに生きてるぞ!
(大友克洋『AKIRA』講談社/1982年)
人類・怪物・謎の存在――の三つ巴とは、どういう図式かわかりますか。そう、これぞ冒険譚や成長譚、バトル・ファンタジーなどのエンタメ作品の黄金比なのです。当然ながら物語の主たる鍵を握るのは謎の存在「アキラ」で、たいがいの作品はその存在の正体が「善」と判明するか、あるいは一事的に「善」側の意思を示すことで、物語はカタルシスを生む結末へと向かっていきます。この謎なる存在、私たちの身近なところでいえば「運命」や「神の差配」と捉えてもいいのかもしれません。祈るような気持ちで、運命が「善」側へと転がることを願う心理は、誰もが日常のなかで知っているはずです。
ですが、『AKIRA』はちょっと様子が違います。アキラは「善」でも「悪」でもなく、最後まで謎の存在のまま終わるのです。それが『AKIRA』解明の第二のポイント、「正体の知れない存在」の巨大な象徴性です。アキラとは、かつて実存した超能力少年ではありますが、作中の「現在」においては、すでに人体のパーツごとに絶対零度で冷凍保存されており、そのあるかないかの「力」の発動を願う民衆の観念が生み出した偶像そのものとして描かれているのです。
『AKIRA』はまた、戦後昭和へのオマージュでもありました。超能力者の少年グループ「ナンバーズ」でアキラに割り当てられたナンバーは28号(『鉄人28号』横山光輝作)、金田のフルネームは金田正太郎(『鉄人28号』の主人公)、未来都市なのに四畳半の畳部屋が出てくる……といった具合。ただしそれは単なる郷愁ではなく、戦後の復興期の一種カオスな風景に、都市や世界の普遍的変貌の姿を見たからこそのオマージュで、その視点と意識が極めてカルト的だと感じ取れるのです。
加えて『AKIRA』は、冒険と空想に胸はやらせた大友自身の少年時代へのオマージュでもあったと考えられます。鉄雄が怪物化していくホラー漫画さながらのエグいビジュアルを含め、『AKIRA』には同系統作品とは異色の画面がしばしば登場します。とてもお茶の間には放映できない自由でえげつないそれらビジュアルや設定は、大友が少年期の心のままに遊ばせ躍動させた想像から生まれてきたものなのでしょう。『AKIRA』は“人類への警鐘”といった説教くさいメッセージ性など尻目に、思い切り“遊び”の要素がちりばめられた珠玉の一作なのです。
というわけで、『AKIRA』解明の締めくくりのキーワードは「カルト」と「遊び」。そしてその根底にあるのは、「何ごとか」「何ものか」に対するオマージュの精神なのでしょう。どんな対象でもいい、自身の「好み」を徹底的に、人並み外れるばかりに追求する――ということに尽きるかもしれません。その前段でいったい何であれば自分が陶酔できるのかを知ること。それは自分自身を知る営為であり、すべてのクリエイティブワークの根源でもあります。『AKIRA』、ただの漫画だと侮るなかれ、看過するなかれ。本を書きたい人、作家志望の人、『AKIRA』は秘密を探って明日の創作のアイデアを無尽蔵に引き出すことのできる、ザ・キング・オブ漫画の名にふさわしい一作なのです。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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