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人に耐え難い悲しみを与えるものといえば、何にもまして愛する者の死でしょう。信じられない、信じたくない死別の瞬間に直面したとき、涙が堪えようもなく湧き上がる。我を忘れて、泣き声を上げる。もしかすると、泣くという行為、現象は、それにひたすら身を委ね没頭することで、耐え難い悲しみから少しでも逃れようとする、人間に具わった自衛の生理的メカニズムなのかもしれません。実際、天変地異などによる想像だにしなかった大きな悲しみに直面すると、人は茫然として泣くことすら忘れてしまいます。自衛システムは作動せず、泣くこともできずに、ただ心に空いた深い穴に落ち込んで、身動きができなくなる――。家の大黒柱に背割りを施さなかったがために、ある日突然あらぬところからヒビが走るかのように、本人すら自覚のない心の傷を負う。今日でいう心的外傷後ストレス障害「PTSD」です。
ところでもうひとつ、愛する者の死を経験した人のうち、少なくない数の人間がとる行動があります。それは「書く」こと。物語を書き、エッセイを書き、追悼記を書く。それは現世から去った者を心のなかの“特別なる位置”に納めるための、ある種の儀式のようなものなのかもしれません。愛する者の死に打ちひしがれ、その悲しみを一段だけ乗り越えたとき、あるいは乗り越えたいとき、人には“書きたい衝動”が湧いてくるようなのです。当事者としては死別と同列にすら感じられる恋愛上の別離(要するにフラれたなど)に見舞われた際、けっこうな人が詩的な散文を書いてみたりするのも、この“書きたい衝動”の発露といえるのでしょう。
この際、何を書くべきかといえば、いわば本能が求める儀式のようなものなのだから、思うままにノートに書き散らせばそれが一番いいのでしょう。第一段階としてはそれがベストなのだと思われます。ただ、厳しいことを言うなら、作家になりたいと志す者であれば、生々しい感情を吐露した思い出の備忘録のようなものさえ残せばいいというわけではありません。無論、執筆・創作に向き合えるようになるまでは一定の時間が必要でしょうが、いざ創造の筆を執ろうというそのときには、“ものを書く者”として、悲しみを体験したもうひとりの自分を直視しなければならないのです。それが執筆・創作で身を立て、自分自身の魂を救済する者の務めだともいえます。
ジョーン・ディディオンは米国の作家です。先ごろ、レディー・ガガ初主演の映画『アリー/スター誕生』がアカデミー賞の全8部門にノミネートされ話題になりましたが、この1976年版、バーブラ・ストライザンドが主演し同じく大ヒットを記録した『スター誕生』の脚本を夫と共同執筆したのが、ジョーン・ディディオンでした。夫婦二人三脚で脚本を執筆し名声を轟かせる以前から、『ベツレヘムに向け、身を屈めて』など、60年代のカウンターカルチャー運動に鋭い目を向けたコラムでも高く評価されてきた、米国で尊敬される現代作家のひとりです。
マンハッタンはアッパー・イースト・サイドの高級住宅街に、自宅と夫婦それぞれの仕事場を構え、仲睦まじく、絵に描いたように幸福でセレブな生活を送っていたディディオンでしたが、2003年の暮れ、前年に結婚したばかりの娘が肺炎で集中治療室に入った日を境に暮らしは一変します。夫とともに娘の看病に通う日々。そのなかで69歳のディディオンは、40年近く連れ添った夫を目の前で、ほんの一瞬で喪うのです。死因は心筋梗塞で、見舞いから帰宅した夕食の席での突然の出来事でした。天から地へ。いいえ、地球の重力をはるかに超える引力をもって、ディディオンは地上の陽も届かぬ深い悲しみの淵へと吸い込まれたのです。その悲痛な胸中がいかばかりであったか、こればかりは想像してもしきれません。そんな彼女が、凍りついた時間のなかでふと自分の呼吸に気づいたようにペンを執ったのは、夫の死から9か月後のことでした。
命の変化は速やかだ。
命の変化は瞬間だ。
夕餉の席についていても命はつきるのではないか。
自己憐憫という問題。
(ジョーン・ディディオン著・池田年穂訳『悲しみにある者』慶応義塾大学出版会/2011)
これは、夫の死後、ディディオンが初めて書いた4行といわれています。死の無情への悟り。そこにつづく「自己憐憫」という言葉に、自身を直視しようとする覚悟が窺えます。事実、この作品でディディオンが試みたのは、死の前後の現実とそのなかの自分自身を検証することでした。たとえば、遺体となった夫を残した病院から帰宅したディディオンは、夫の携帯電話を充電器にセットしていました。そんな一種不可解な自らの行動に省察の目を向けるのです。冷静な自己観察、そこにフラッシュバックのごとき回想風景が交差する作品は、人物の内面を追うリアルなドキュメントの凄みで読む者を惹き込みます。
ディディオン自身は『悲しみにある者』についてこう語っています。
この本で私がしようと思っているのは、その事の起きた後の時期の意味を理解することだ。私がそれまで抱いていた「死について、病について、蓋然性と巡り合わせについて、幸運と不運について、結婚と子どもたちと思い出について、悲しみについて、人々の命は尽きるものだという事実を扱ったり扱わなかったりする仕方について、正気であることの皮相さについて、そして命自体について」のいかなる固定観念をも解き放った、その事の起きた後の数週間、数か月間を理解することだ。
(同上)
このなかでとりわけ注目させられるのは、「正気であることの皮相さについて」という一節。私たちがふだん何気なく使う言葉「正気」、つまり「正常な精神状態」とは、本当のところいったい何を意味するのでしょう。精神が正常であるということは、一般的にはことさらに安心する材料であると見なされます。「正気を失う」「正気に返る」「正気の沙汰ではない」……、いずれの慣用句も「正気」という言葉の字義を「本来あるべき状態」と示しています。が、ディディオンはそれを「皮相」、うわっつらの認識であると指摘しているのです。容量に限りのない人間感情というものは、もとより「正気」のなかに収まりきるものではないのかもしれません。人間の全感情は無限の広がりをもつ混沌とした宇宙と同じであり、「正気」などというのは、人間が問題なく生存できる地球という惑星のみを指すほどに限定的な精神の領域を指しているのかもしれません。「正気」=「本来あるべき状態」、とかく私たち人間はこうした固定観念に囚われがちですが、そこから自らを解き放ったとき、人は初めて、悲しみのなかに息をつめて過ごした自分の姿を直視できるのでしょう。
もちろん、悲しい出来事を自ら望む者などいません。ただ、本を書きたいと思いを抱く者には、心の片隅からそっと語りかけ真実に導いてくれるいくつもの言葉が必要です。そのひとつが、命と喪失の悲しみを凝視したディディオンの上に掲げた言葉なのです。
本作『悲しみにある者』は、発表の2005年に全米図書賞を受賞しました。しかし同年、ディディオンは夫喪失の悲しみが薄れる間もなく、娘までをも喪います。以降、年齢的なこともあるのかもしれませんが、すっかり寡作となったディディオンは(2011年発表の『Blue Nights(邦題:さよなら、私のクィンターナ)』のみ)、本稿執筆時の2019年5月現在、84歳となっています。生涯をまっとうしたとはいえない39歳という若さの娘に先立たれ、ディディオンの筆が完全に折れてしまったのか、それとも作品を発表していないだけなのかはわかりません。実際のところ、作家ディディオンの現在については日本にはあまり伝えられていません。けれども、まさに現在も私たちと同じ時間を生きている彼女の「いま」を想像するとき、その手にペンが握られていないとはなかなか想像できないのです。たとえ紙に、何も書きつけていないのだとしても。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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