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文学と美術は同じ「言葉」をもつ

2019年09月13日 【作家になる】

芸術とは「無駄」を見極めること

画家がなかなか味わいのある随筆をものしたり、小説家や詩人がちょっと独創的な絵を描いたりといったことは、割合にあるものです。たまたま多才に恵まれたといえばそのとおりかもしれませんが、多少の文才や画才があるからといって、誰もが違う畑で上質な生産物をつくれるかというと、無論そんなことはありません。文学も美術も、そんなイージーな世界ではないわけです。では、画家が描いた文章がひときわ魅力的、なんていうケースには、いったいどのような理由、事実が潜んでいるのでしょうか。そのことについて考え探ってみる試みは、創造と創作の秘密に迫るひとつの“カギ”を拾うチャンスであるような気がしてなりません。だとすれば、本を書きたいあなたにとっては願ってもない話(であるはず)。

骨にトゲトゲの皮を張りつけたような人物彫刻の作者をご存じでしょうか。20世紀初頭、スイス生まれの彫刻家、その名はアルベルト・ジャコメッティ。肉づけのない、熱で歪に溶けた太いハリガネのような、この激しく特徴的な人物彫刻は、不吉な印象を与えたとしても一向不思議はありません。ところが、ジャコメッティの創り上げる人物は、不吉さではなく、一種の到達感を思わせる潔さを印象づけるのでした。あたかもその人物が、人間を取り巻く空虚と深淵を知悉しているかのような――。“実体の消えゆくもの”を追求しつづけたジャコメッティ。しかし、それは結果的に消えはしませんでした。ただ、ハリガネのような細さにまで縮まったのです。一切の“無駄”を削ぎ落とした人間の本質。それが、ジャコメッティの辿り着いた芸術のひとつの高みであったのかもしれません。だからこそ、彼の文章にも揺らぎのない信念が宿ったのかもしれません。

文学と美術の共通言語――「不可能なヴィジョン」への挑戦

私が熱情をいだく唯一のことは、実現することが不可能に思われるこれらのヴィジョンに、それでも何とかして近づこうと試みることだ。

(アルベルト・ジャコメッティ著・矢内原伊作ほか訳『ジャコメッティ エクリ【新装版】』みすず書房/2017年)

芸術家を志す者なら誰もがそうであろうと思いますが、自らの創造・創作を手探りする過程においては、さまざまな方向に「迷い」が生じるものです。それは往々にして意味のない遠まわりではなく、必然的なイニシエーションのごとき道程であるわけですが、ジャコメッティはこのような模索に人一倍時間を費やしたように見えます。

父が印象派の画家であったジャコメッティの芸術への目覚めは早いものでした。幼いころから絵を描き、美術学校入学後、彫刻に転向します。シュルレアリスムの大ボスのアンドレ・ブルトンにより同運動に引き込まれますが、やがて決別。人物像が細く長く変貌していったのは戦後の1950年ごろからでした。それから半世紀以上の時間が過ぎ、自身もとうのむかしに露と消えた2010年、サザビーズでその彫刻が当時の史上最高額で落札されたジャコメッティ。――ではありますが、生前、評価されるようになったのは晩年になってからのことでした。代表作の多くはその後に生まれ、なおも石版画を制作するなど死ぬまで創造を追求しつづけました。その人生は彼の言葉どおり、“不可能なヴィジョン”を追い求める挑戦の日々であったに違いありません。

絵画も、彫刻も、デッサンも。文章、はたまた文学も、そんなものはみなそれぞれ意味があってもそれ以上のものでない。試みること、それが一切だ。おお、何たる不思議のわざか。

(同上)

創造物・創作物には共通する「言語」――思想や精神――があるはずです。そして、芸術家として、表現者として、美術作品と文章の創造的、思想的な一致を明かし、示唆を与えてくれる芸術家のひとりがアルベルト・ジャコメッティなのです。もちろん、世界的な彫刻家ジャコメッティから彫刻のノウハウを学ぶのは、一朝一夕になし得ることではありません。しかし、優れた美術作品に背骨のように通る思想、精神性を、画家本人の言葉から知ることができるのは貴重な機会となるはずです。それは文学にも美術にも共通する意識、姿勢であり、その背骨なくしては、小説にせよ詩にせよ、しっかりとした独創性をもって屹立することはできません。ジャコメッティは言います。「試みること」こそすべてなのだと――。

「言うべきことを掴む」――それが創作と執筆の究極

では、本を書きたい者が「試みる」という、その目的はどのようなものでしょうか。この点に関しては、ジャコメッティと親交のあった詩人で民俗学者のミシェル・レリスが、ずばりと核心をついた解説文を『エクリ』に寄せています。それはジャコメッティの、文章を書くにあたってのポリシーと呼べるもの。曰く「形をなしている文章においても、走り書きのメモにおいても、アルベルト・ジャコメッティは、その造型作品において様式を目ざしたりしてはいないのと同様に、文体というものを目ざしたりしてはいない。彼がしようとしているのはただ、何かをとらえること、言うべきことをつかむことだけだ」――。

ジャコメッティの模索と探究の軌跡は、断じて迷走ではありませんでした。人間という、彼の主テーマのなかに捉え表現しようとした“何か”、それを掴むための旅路であったのです。文学だって、芸術というフィールドにおいて同じ「言葉」をもつはず。その「言葉」を、ハリガネのごとき人物彫刻から直接受け取るのは難しいとしても、彫刻の巨匠が遺した文章からであれば、深い含蓄をもって創作の重要なヒントをその掌に掬い取れることでしょう。『ジャコメッティ エクリ』、あなたの創作性をこれまでにない角度から刺激してくれる一冊と見て間違いはありません。

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