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作家になりたい! ライターとして飯を食いたい! 印税生活に憧れるわけでなくても、そのステータスに惹かれ文筆業を目指す人は少なくないでしょう。たとえば純文学系の小説の書き手であれば、まずは文芸誌系の公募型文学賞に応募して、新人賞を受賞してひとまず文壇デビュー。受賞後数作は芥川賞に照準を合わせて編集者に手取り足取り見てもらい、みごと受賞! と同時にマスメディアに取りあげられる日々がはじまり、ホテルや出版社の空いている会議室でカンヅメしつつ受賞後第1作を発表。気づいたら感じのイイ雰囲気が充ちるCM出演も果たし、名の知れたグラフ雑誌にて“我が仕事部屋”が紹介される。壁一面を埋め尽くす書棚、ウォールナット製のスクウェアなデスクにはMacBookが置かれ、小ぶりな革製のデスクマットの上に、名入れの原稿用紙と万年筆が載っている。天井に埋め込まれたスピーカーからは、聴こえないほどの音量でクラシックが流れ……。んー、たしかにこれはいいです。小説なんてまったく書かない人でも憧れる人生の道筋といえるかもしれません(男性的な趣味かもしれませんが……)。じっさい、この夢の道程を地で行った小説家の方々もいらっしゃいますから、思い描きやすいサクセスストーリーともいえます。
ただ、そんな部屋で日々仕事に向き合い、周囲から敬意をもって「先生」と呼ばれる現役作家は、いったいどのくらいいるのでしょうか。もちろんそんな統計などとられているはずもないわけですが、どう考えたってごくごく一部というのは想像に易いと思いませんか? そしてその針の先ほどの領域は、目指すことによって到達できる境地なのでしょうか。
ここでは、その領域を目指しても無駄だから、目指さずに漫然と眺めていましょうよ――なんてことを推奨しているわけではありません。ビジネスやスポーツ同様、文芸の世界だって、ビジョンを掲げ、ロードマップを策定するのは重要なプロセスです。ただ、まだたったのひとりの読み手もいない、筆が稼ぎをあげているわけでもないうちから、先述の成功への黄金ルートからはずれるからと、“小さな仕事”を捨ててしまってはならないはずなのです。
いまだ陽の目を見ない小説家というのは、人間でいえば赤子のようなものです。赤子とは、右も左もわからない、自分で食事を摂ることさえできません。そんな赤子が、口に入れられた野菜スープを、お粥を、擂り潰した白身魚を、選り好みしていたらどんな結果を招くでしょうか。与えられた人生においてまず彼は、口に運ばれてくるものをことごとく飲み干し消化し、我が身の骨肉とすべく吸収しなければならないはずです。作家人生の初手においても、それと同様のことがいえるのではないでしょうか。
太宰治は『東京八景』のなかで「書き損じの原稿と共に焼き捨てた。行李一杯ぶんは充分にあった。」と書いています。行李とは柳や竹でつくった大きな入れものです。いまでいえばスーツケースやトランクにあたるでしょう。その容積をゆうに超える書き損じ――このいわば圧倒的な無駄打ちが意味するところ、またそれが書き手にもたらすもの、それはもはや語るまでもないでしょう。母の手で運ばれたスプーンの中身を食べ尽くした子は、遠からず自らの足で立ちあがることを覚えるはずなのです。
このとき難しいのは、自分がまだ赤子なのだと自覚することなのでしょう。人間ならば誰もが自分自身を特別視するものですし、原稿用紙にして100枚200枚からの作品を1作2作書きあげれば、その昂揚感から、大先生に一歩でも二歩でも近づいた感触が得られるものです。だって、周囲にそんな人はめったにいないのですから。しかしながら、それは単に書き手の人口密度が低いというだけの話。それに、自分の人生における記念塔をひとつ打ち建てることと、芸の世界で頭角を現すこととは別次元のできごとなのですね。
作品は書けた。賞への応募も済ませた。自分にやれることはやった。あとは天恵を待つのみ――。と、ちょっと待ってください。賞の受賞からのデビューを夢見るアマチュアの書き手に多いのが、ここで止まってしまうケースなのです。たしかに、“書き手”としてのあなたにできるのはここまでかもしれません。けれども、作家やライターになるための活動全体で見ると、一部の役割しか果たしていないことになります。営業、それが絶対的に足りていないのです。あなたの作品とあなた自身は常にペアの関係にあります。あなたの作品と同時に、あなた自身を売り出さなければならないことを忘れてはいけません。極端な言い方をすれば、あなたの作品は、あなたという書き手の価値を高めるための役割を担っているのです。当たるかハズレるかもわからぬ作品に運命を委ねて、賞レースで獲物を“待つ”というのは、獲物がいるかどうかもわからぬ川に、集魚力も未知な餌をつけた釣り糸を延々と垂らしているようなものです。そしてその川にの両岸には、似たような数多の釣り師がところ狭しと犇めいています。どう考えたって、もうちょっと効率的な営業方法がありそうなものです。
オフェンシブな文芸活動とはどんなものになるでしょうか。「自作を書く」という領域においては全力を出し切ったとして、そこに自分自身(に備わる技量)を売り込むためのセルフプロデュース的な一面を加えてみる発想があれば、待ち営業の域から脱することはできるはずです。
まず考えらえるのが、自費出版などで作品を商品化してしまう戦略。現実的な話、文学賞の選考よりも「市場」はシビアです。賞を獲っても、ほとんどの作家は筆一本で食べていけてはいません。それゆえ受賞後数年で筆を擱く、あるいは折る人も少なくありません。つまり、作家として食べてゆくのが夢なのであれば、賞の受賞よりも、書き手としてのあなたの市場ニーズを高めることのほうが断然重要なのです。もちろん「○○賞受賞作」という箔がついてさえ反響を得るのが難しい昨今の出版業界において、一介の自費出版の本が話題となる可能性はごくわずかです。ですが、その前例はしっかりとありますし、SNSなどにより口コミが広がりやすい現在であれば、不可能であるとは言い切れません。
次は急がばまわれの発想です。手はじめは、すぐにでもはじめられるクラウドソーシング。筆の技術で対価を稼ぐ、その小さな第一歩です。書いた記事が採用されるということは、あなたの文章によってクライアントに利益がもたらされるということです。そんなふうに、どこかの誰かがフィーを支払うだけの文章が書けるようになったとき、しかもそれが恒常的に実現可能となったとき、はじめて人々は「あの人に書いてもらおう」とあなたのことを思い出すようになります。
いくつか手応えを掴んだら、その輪を少しずつ押し広げてみましょう。職種としてライターを募集している企業は少なくありません。そうこうしているうちに、あなたは広告の分野に足を踏み入れている自分に気づくはずです。商行為のなかでのライターに求められるライティングとはすなわち、「広告」そのものだからです。広告の世界もまた大海原。その大海で文章を書くようになったら、その難しさ、そのおもしろさに触れ、ついにあの夢見ていただけの日々から格段にステップアップしている自分にも出会えるはずです。すでに、自分の筆で食い扶持を稼いでいる。その地点から「自作を書く」という営みを振り返ってみましょう。いまだ情熱の火種が燻っているのであれば、書きはじめてみればいいでしょう。そうして文壇デビューした小説家もいます。反対に、すでに広告ライターとしての現状に充足を覚えるならば、そのまま広告の世界で精進していけばいい。そうして大成した広告マンだってたくさんいるでしょう。
それでも、夢描いた仕事部屋とはまるで違う部屋でPCに齧りついていることがほとんどでしょう。でも、それが何だっていうのです。そこがどこであれ、いま自分自身の立つ場所が、自分の書いた文章により築かれている実感は清々しい。そのことにあなたは気づくはずなのですから。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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