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たまには時事的な話題で行きましょう。きのうは5月の第二日曜日、母の日でしたね。スーパーマーケットもショッピングセンターもカーネーションで飾られ、たいへんな賑わいを見せていました。父子で買いものをする姿も、いつになく多く見られたように思います。本稿を読まれている皆さまは、どのようにお過ごしになられたでしょうか。
この「母の日」、マーケット的にも年々規模を大きくしているのか、この時期になると、インターネットでもたくさんの広告を見かけるようになります。王道のカーネーションを皮切りに、バッグや日傘、スカーフといったファッション系の小物、お取り寄せで評判のスイーツや、サクランボやメロンといった旬のフルーツを選べる“花よりダンゴ派”、あるいは温泉旅行にご招待……などと、お母さん孝行の提案内容も多種多彩。それをポチリとワンクリックでお手軽に手配できるのは、プレゼントを贈るだけで済ませるうしろめたさはさておいて、忙しい現代人にはありがたい限りのサービスです。このネット商戦の賑わいのおかげで、どうにも影の薄かった6月の父の日も連鎖的に盛りあがってきた気すらします。
さて、こうして商いの世界をも潤すパワーの源泉「母」ですが、古今東西の文芸作品や童謡の世界でもその力を遺憾なく発揮してきました。その例を表現方法とともに覗いてみましょう。
まずは、3歳以上の日本人ならば誰もが唄える童謡『ぞうさん』。オトナ的権利関係の事情により歌詞を引用することはできませんが、もはや引用するまでもなく皆さん諳(そら)んじていることでしょう。ひと節、心のなかで唄ってみてください。
作曲・團伊玖磨氏、 作詞・まど・みちお氏によるこの『ぞうさん』、お母さんのことが大好きな子どもの気もちが伝わってきますね。ただよく考えると、ぞうさんの話相手は鼻の長さについて言っているわけですから、その返答としては本来、高いバナナまで届くのよ〜♪とか、水を吸いあげるシャワーになるよ〜♪などと、長鼻のメリットをアピールしそうなものなのに、母さんが好きだと返すのはちょっと不思議な感じもします。
じつはこの詩の全体の論旨としては、「長鼻」という容姿について批判的な指摘を受けた子どもが、その自らの特徴を誇りをもって言い返す――というシチュエーションを描いているそうです。この視点のもと詩を振り返ってみると、自分と自分の血脈にプライドをもつ仔象の、毅然とした姿が浮かんできます。少し大袈裟な言いまわしをすれば、連綿と受け継がれる命とそれに伴う生態的な文化への肯定の意識が、「そうよ」という短いけれど非常に力強い言葉に象徴されているようにも思われます。
次の例は、こちらも誰もがよく知る『かあさんの歌』です。すみません、これもまたオトナ的権利関係の事情により歌詞を引用することができません。母親が夜なべするあの作品です。作詞作曲ともに窪田聡氏による本作は、じつは1956年の発表当時としても世間一般の生活状況とはそぐわない部分がありました。すでに高度経済成長期に入り、多くの人が相応に贅沢な暮らしをしていた日本においては、あまりにも素寒貧な母子の姿が描かれているからですね。けれども、窪田氏が戦時中の疎開先の風景にインスパイアされてつくられたこの楽曲は、その日本の原風景的な要素がもち味となり幅広い共感を呼んだようです。
子よりもむしろ、せっせと編み針を動かす母の手こそ、ガサガサに荒れて皸(あかぎれ)だらけなのでは……、毛糸だって着れなくなったセーターを解いたのかも……なんて想像とともに、慎ましい暮らしのなかで育まれた母子の絆が浮かびあがります。ごく少ない字数でありながらしっかりと情景に深みをもたせたところが、詩人窪田氏の腕前なのでしょう。それにしても「母」という語は、「秋」や「冬」といった哀切感漂う季節となんとも相性がいいこと。
『里の秋』(作詞・斎藤信夫/作曲・海沼実)や『あめふり』(作詞・ 北原白秋/作曲・中山晋平)など、「母」=優しさ、温かさ、慈しみ……というモチーフでつくられた童謡は無数にあります。サトウハチロー氏のように、母の詩だけで3000もつくったケースがあるくらいですから、母はまさに命の源であり、創造の泉でもあるのでしょう。
母の日商戦の賑わいにしろ、母を詠う詩の多さにしろ、それらが私たちに伝えてくれるのは、「母ネタ」鉄板説です。こんなふうに言ってしまうと世の全お母さんに叱られそうですが、「母」を媒介に商売をすればひと儲けすることが可能であり、「母」を題材に詩を書けば人々の共感も呼びやすい。何かをヒットさせたければ、受け手側の心の琴線の最大公約数「母」に焦点を――と考えてしまうことはロジック的には間違いはないのでしょう。
そして、じっさいに書いてみると瞬時にわかることですが、書く側にとっても「母」って書きやすいのです。あなたのお母さまがご存命だろうと、すでに亡くされていようと、あるいは事情によりいまどこで何をしているのかわからなくたって、「母」という存在に向かうあなたの心の動きは、ほかの対象に向けたそれとはちょっと異なる次元にあるのではないでしょうか。だから、迷ったら「母」を書け!なのです。母方面とはまったく異なる小説を書いている人も、もし筆が止まっていたら「母」を題材に掌編の小説やエッセイを書いてみてください。そうして母が進ませてくれる筆が、スランプから脱するための助走となるかもしれません。
井伏鱒二。この名前は現代文の授業で暗記した方も多いでしょう。彼は『厄除け詩集』という一冊に収められた『寒夜母を思ふ』という作品で、母親との関係をこんなふうに描いています。
今日ふるさとの母者から
ちょっといいものを送って来た
百両のカハセを送って来た
ひといきつけるといふものだらう
ところが母者は手紙で申さるる
お前このごろ横着(わうちゃく)に候
これをしみじみ御覧ありたしと
私の六つの時の写真を 送って来た
私は四十をすぎたおやぢである
古ぼけた写真に用はない
私は夜ふけて原稿書くのが商売だ
写真などよりドテラがいい
私は着たきりの着たきり雀
襟垢は首にひんやりする
それで机の前に坐るにも
かうして前こごみに坐ります
今宵は零下何度の寒さだらう
ペンのインクも凍てついた
鼻水ばかりが流れ出る
それでも詩を書く痩せ我慢
母者は手紙で申さるる
お前の痩せ我慢は無駄ごとだ
小説など何の益にか相成るや
田舎に帰れよと申さるる
母者は性来ぐちつぽい
私を横着者だと申さるる
私に山をば愛せと申さるる
土地をば愛せと申さるる
祖先を崇(あが)めよと申さるる
母者は性来のしわんぼう
私に積立貯金せよと申さるる
お祖師様を拝めと申さるる
悲しいかなや母者びと
(『厄除け詩集』講談社文芸文庫/1994年――原文ママ)
小説を書いている? そんなことをして何になるの!? がんばればプロになれるというものでもないでしょう! プロになっても売れるとは限らないでしょう!! そんなことより……と母親ならどなたでも並べそうな小言と、そんな御託はいらないとウンザリする子の姿が目に浮かびます。少し意外な感じもしますが、国語便覧にも当然のように名を連ねる井伏ですら、文学の道への志を母親に理解させることには苦労していたのですね。もしあなたが似たような境遇にあるならば、親御さまへの弁明にこの『寒夜母を思ふ』のくだりを取り込んでみてはいかがでしょうか。場合によっては、さらなる大目玉を喰らうことになるかもしれませんが……。
何者かとの「不和」や「軋轢」「確執」、また自己内部における「葛藤」などは、文芸作品における重要なエッセンスです。「母」を題材として取りあげたとき、これらキーワードに近い意識は大なり小なりいくらかの割合で、「愛情」や「思慕」に混ざり込んでくることでしょう。そんなふうに、作中にドラマを生み出してくれる点でも「母」の存在は偉大だということが井伏の例からはくみ取れます。
さて、ここまで読まれたなら、あなたもあなたのお母さまについて一篇書かれてみてはいかがでしょう? 「お母さん 原稿募集」といったキーワードでWeb検索すれば、コンテストなどの応募先も多数見つかります(2016年7月末日までならこちらも)。創作活動の腕試しとしてもひと役買ってくれる「母」。いつまで経っても頭があがりそうもありません。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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