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「元始、女性は太陽であった」とは平塚らいてふの有名な『青鞜』発刊の辞。ふと考えてみると、物語における太陽と月の扱われ方はずいぶんと違います。いずれも天高く崇められる対象であるのは同じ。ただ太陽は、微妙なニュアンスをもち得ない、万物を圧倒するかのごとき強烈な存在感がためでしょうか、らいてふの辞がそうであるように、象徴的・比喩的なモチーフとして取り入れられることが多いようです。一方、月はといえば、月を意味するラテン語の「ルナ(luna)」が英語で「狂気」を意味する「ルナティック(lunatic)」に通じているように、古(いにしえ)よりその光は妖しく人間の心に作用するものと考えられてきました。狼男が変身するのは満月の夜ですし、『雨月物語』は雨後の朧月が怪異をもたらす物語を編んでいます。太陽と月という二大モチーフが湛えるこうしたイメージを借景にした作品は、小説をはじめ絵本や童話などのジャンルで、いまもむかしも数多く見られます。
太陽系を統べる太陽は、人間世界でも絶対神として畏敬の対象になりました。エジプトではラー、ギリシア神話ではヘーリオス、日本では天照大神……といった具合に世界中の神話に太陽神は登場します。対する月の神は、食や性に結びつけられるなど、人間の生活により近い存在とされてきました。記紀に登場する月の神ツクヨミ(月読)は、食物を吐き出す保食神(うけもちのかみ)を殺し、その死体から牛馬や稲や大豆が生まれたと伝えられます。古の人々が抱いた太陽と月に対するイメージは、根源的な信仰が根づくほどのものですから、もうそれは人間の起源以来、私たち人類の全祖先が人種や民族を超えて、精神や生理に刻み込んできた共通のイメージと見るべきなのでしょう。つまり太陽や月といった存在を作中にもち込もうというとき、先人が築いたイメージからかけ離れてしまっては、意外性を発揮するどころか、むしろ逆効果を生んでしまう可能性が高いといえるでしょう。しかしだからといって、従来の太陽や月のイメージを安易に踏襲するばかりでは、物語が新鮮なおもしろさを獲得しようもないのは事実……。あらあら、いったいどうすればよいのでしょう???
アルベール・カミュの『異邦人』(当ブログ記事「『異端』の構図が生む悲劇と喜劇」参照)やパトリシア・ハイスミスの『太陽がいっぱい』では、太陽が青年らのサイコパスを発現させる残酷な存在として描かれています。得体のしれない強烈な熱気の作用によって人間(特に若者が感応)に正気を失わせる、“あやかしの火”というところなのでしょう。ギラギラと照りつける陽射し、ほとばしる汗と性、そして暴力――。日本にも石原慎太郎の『太陽の季節』や村上龍の『限りなく透明に近いブルー』があるように、太陽をモチーフにこのような角度から作品を描く発想は非常に多く見受けられます。ところが、太陽と向かい合わせに、極寒の世界を描いた作家がいます。SF界の重鎮、レイ・ブラッドベリです。
このロケットは〈金杯号(コパ・デ・オロ)〉、またの名を〈プロメテウス〉あるいは〈イカルス〉といい、進行目標はほんとうに、あの光り輝く正午の太陽なのである。〈中略〉
この宇宙船では、涼しげでデリケートなものと、冷たく実際的なものとが、結びあわされていた。氷と霜の通路には、アンモニア化合物の冬と雪片が吹き荒れている。あの巨大な炉から飛び散った火花は、この船の冷たい外皮にぶつかって消えてしまうし、どんな炎も、ここにまどろんでいる二月の厳寒をつらぬくことはできないのである。
(レイ・ブラッドベリ著・ 小笠原豊樹訳 /『太陽の黄金の林檎〔新装版〕』所収/早川書房/2012年)
『太陽の黄金の林檎』は、極寒の星となった地球を温めるために、太陽の炎をもち帰ろうとする宇宙船の冒険を描きます。この作品にはSF作家としてのブラッドベリの卓越した透視力が認められます。短編集『太陽の黄金の林檎』の初版刊行は1953年。当時のSF作家たちは、こぞって終末世界を予言し警句を発していました(当ブログ記事「論理と空想のSF世界に遊ぶ」参照)。そのなかにあって、巨匠ブラッドベリの手並みは胸がすくように鮮やか。彼はこの掌編に終末後を思わせる凍えきった地球の姿を描き、そこに太陽の火を灯して再生する未来を暗示したのです。つまり、ブラッドベリの「太陽の火」とは、原子力エネルギーを意味していたのです。人類の原子力利用は軍事目的のみならず平和利用されるべきである――との方針が国連総会で打ち出される前夜のことでした。
自分の姿が見えて来る。不思議はそればかりではない。だんだん姿があらわれて来るに随(したが)って、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれてこちらの自分はだんだん気持が杳(はる)かになって、ある瞬間から月へ向かって、スースーッと昇って行く。それは気持で何物とも言えませんが、まあ魂とでも言うのでしょう。それが月から射し下ろして来る光線を溯(さかのぼ)って、それはなんとも言えぬ気持で、昇天してゆくのです。
(梶井基次郎『Kの昇天――或はKの溺死』/『檸檬・ある心の風景 他二十編』所収/旺文社/1974年)
恩寵、浄化として月の光を描いたのは梶井基次郎でした。『Kの昇天』は、満月の夜、病気療養中のKが自分の影のなかに探していたドッペルゲンガー(自己像分身=魂)が、ついに月に向かって昇っていくという幻想譚です。月へと昇天したKとは、結核による死を覚悟していた梶井の分身でしょう。肉体を離れた魂が別の自分となって月へ昇っていくという物語には、その梶井の、遠く月を仰ぎ見るような祈りが込められていたのではないでしょうか。ここでの月とは、妖しさを離れ、ただただ尊く透徹な魂に添え遂げる存在として描かれています。
互いに対照的で、それぞれに比類ない存在感を放つ太陽と月。そのイメージが明確で強烈であるがゆえに、これまで数々の物語に描かれてきました。そう、ある意味で魅惑的な素材である太陽と月は、ともすれば安直に用いられるきらいがあります。確かにそれらは、輝かしい象徴として、あるいは美しい陰影として、作品に特別な魅力をもたらしてくれる切り札となり得るかもしれません。けれど上述のとおり、イメージが明確で圧倒的だからといって、従来のモチーフどおりに用いてはあまりに芸がないというもの。新鮮なインパクトだってもち得ようもありません。となれば、読者を感動させる、魅了する小説を書きたいと思っている書き手にこそ、ここはひとつ重要課題としてあえて取り組んでみてほしいのです。陳腐化しない、太陽と月が登場する物語。さて、作家になりたいと願うあなたは、ここでどのようなアイデアを披露してくれるでしょうか――?
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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